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小屋と畑

new!土脉潤い起こる

 

 

みなさま、こんにちは!

七十二候によると、今日(2月19日)から

「雪は雨になり、また雪が溶けはじめ、

土に植物が芽吹くための潤いがもたらされる時期」とのこと。

 

今日は天気も最高にいいし、一粒万倍日だし、

『土脉潤い起こる』というなんとも種を蒔くのに良さそうな日なので

朝からそわそわ。

仕事の合間をぬって、庭に植えたかった梅の木やクローバーの種を植えました。

 

 

ほんとうは藍の種、そしてレモンの木も植えたかったのですが

そこまで庭に時間を割くことができず・・・。

 

 

 

田んぼの梅の木みたいにおおきくな〜れ!

 

 

 

 

一粒万倍!

今の編集部に移ってきた年にも白クローバーをたくさん蒔いたのですが

かちかちだった土壌がすごくやわらかくなったような気がしました。

 

なので今回は道沿いなど、

主に土が硬くなっているところに蒔きました。

浜名農園さんの固定種や在来種は

小社ウェブショップや美濃の実店舗でも販売しております!

 

 

種が蒔けてうれしいのですが

待ってましたとばかりにすずめちゃんたちがたくさん

庭に降り立ってきます。

 

そして今年からは・・・・

 

 

年末にわが家にやってきた美濃柴犬のまりもちゃんも

食べ物には目がないので、たいがいの種は食べてしまいます。

それも土ごとっ!!

 

そういったいろいろなものを乗り越えて

地表に出てくる植物たち・・・・

すごいなぁ、逞しいなぁ・・・

 

今から会えることを楽しみにしているぜっ!

 

 

 

まりもちゃんは庭の池の水も飲みます。

凍っていてもおかまいなしで、ぺろぺろなめて氷をとかします。

 

 

 

 

お嬢さん!

もうすぐしたらここは緑でいっぱいになりますよ!

 

花でも咲いたら、花冠でもつくってあげたいと思いますが

きっとすぐに彼女は食べてしまうでしょうねぇ・・・・

 

 

(編集部 福太郎)

 

 

 

小屋と畑

高橋博の 自然が何でも教えてくれる #05
毎月1日更新!

 

第5回 入った毒は、自然がすぐに処理をしてくれる

 

いい土には「温かい」、「柔らかい」、「水もち・水はけがよい」という三つの条件があるんだ。うちの畑の土はまさにその条件を再現しているから、みんなそれに驚くよ。

いい土の場合は、なにか汚いものが入ったとしても、作物には症状をださないで、その土自身がきれいにしてしまう。だって土には浄化するちからがあるからね。自然界では隣からなにか入ってきても問題ない。そんなものは浄化してしまう。自然が教えてくれているじゃん。でもいまの土は汚れているから、浄化しきらないで土からでてくるんだよな。汚れた水になっちまうんだ。
このあいだ、虫が大発生していたけど、自然栽培の畑には来なかった。よく「無農薬は虫だらけ」っていう先入観をもたれるんだけど、だからこそ安全なんだということを訴え続けるしかないんだ。虫が来るのには原因があって、それは環境がまだまだ本物になりきっていないからなんだよ。
隣にはごぼう畑があって、ゾウ虫みたいのがでるんだ。大量の虫だけど、ほとんど一般の畑のほうにいる。そりゃ、何匹かはこっちの畑にもきていたけどさ。まるで線を引いたようにこっちに来ないのは、うちのメンバーみんなが見たよ。あの虫はきっと毒を食いにいってたんだよ。きっと、その役目のもとに生まれたんだよ。窒素が好きなんだな。それが彼らにとっての餌なんだろう。だから、窒素がない自然栽培の土は彼らにはおいしくなかったんだろう。こっちには虫が来る必要がないから、心配いらないんだ。

窒素は作物づくりに必要だけど、化学肥料の窒素では人間の食糧はまかないきれない。そんなエネルギーではね。最初ね、農協の指導員に「お前らのやり方でやっていたら、食糧難を起こす」っていわれたんだよ。確かに当時は食糧難の量しかつくれなかったけど、いまじゃそのひともなんともいえないくらいになっちゃった。
うちの弟は役所で働いていたんだけど、「お前の兄貴ってすげぇなぁ」といってもらえるそうだよ。「あれが本当のやりかたなんだなぁ」って。みんな今だからそういうことをいってくれるよ。自然栽培でもやっていけるという事実がでたからね。
でも、当時の風あたりは強かった。「あんなやり方では肥料会社も農薬会社もつぶれちゃう」とかさ。研修生に、肥料や農薬をつくっている会社のひとがいるんだ。「あなたのところもそうだよな。戦争のときには鉄砲をつくったけど、今も鉄砲をつくってるか? 肥料や農薬を使わない時代がきたら、肥料や農薬つくっても仕方ないわけだよ」っていっているよ。肥料や農薬を使わない農法が広まれば、彼らみたいな大企業も考えるだろう。鉄砲がつくられなくなったみたいに、つくってもしょうがないものが消えていくかたちで、肥料や農薬も消えていけばいいと思う。つまらない理由づけで否定してくるひとの多いこと。でもいまはそれにも「なんでもいっていいよ」という態度をとれるようになった。なによりも強いものが事実だとわかっているからね。

いい土には「団粒」というものがあって、これは機械ではできないんだよ。堆肥がつくりだすの。だけど肥料の入った堆肥ではこうはならないんだな。この粒の一個一個が水を持ち、必要のないものは吐くっていう仕組みになっているんだ。水はけ、水もちのよい土ということだね。これを目指してみんな堆肥をいれてきたんだ。しかし、一般の土はこれがなくなってしまっているから、水はけがよいだけになってしまうのよ。だから、どんどん、どんどん乾燥していってしまうんだ。堆肥をぼんぼん入れていれても、どうも備わらない。肥料を昔の倍入れないとできないんだよ。最初のうちは、「水はけ・水もちがよい」ってなんのことだろう、と思ったの。だけど、よく育つところはみんなこういう土になことに気づいたわけ。で、見てみると、たしかに水はけ・水もちがよかったんだ。これが深ければ深いほど、力がある土なわけだ。しかし、我々のところはまだまだ浅いね。

団粒と微生物の働きもなにかしら関係あるだろうね。微生物を培養して養殖して放す、みたいな話も聞くけど、それがすべてだと考えるのも違うんじゃないかな。必要なときに微生物が来て、必要のないときには彼らはでてこないわけだから。だから人工的に必要以上に入れたら、弊害が起こるよ、きっと。栄養剤と同じでさ、栄養が足りてないから栄養剤やサプリメントで補おうとしても、からだは狂うよ。どうしても考え方がそっちに偏るんだよな。

 

 

高橋博(たかはし・ひろし)

1950年千葉県生まれ。自然栽培全国普及会会長。自然農法成田生産組合技術開発部部長。1978年より、自然栽培をスタート。現在、千葉県富里市で9000坪の畑にて自然栽培で作物を育てている。自然栽培についての勉強会を開催するほか、国内外で、自然栽培の普及を精力的に努めている。高橋さんの野菜は、「ナチュラル・ハーモニーの宅配」にて買うことができる。

http://www.naturalharmony.co.jp/takuhai/

小屋と畑

高橋博の 自然が何でも教えてくれる #04
毎月1日更新!

 

第4回 はじめは「一」でいい

 

食の世界がなぜ「安心・安全」なんていうようになってしまったのか(第1話参照)という話。本当に「安心・安全」を求めるのなら、まずそのひとと会うことが大事なの。文章や絵で伝えると、間違いが生まれることがあるからね。そのやり方はいままでやってきてさ、それで信用を得ようとしてきたけど、それは本当の信用じゃないんだよ。
だって、スーパーのPOPに顔写真が載っているだけで消費者は「安全」だと思っちゃうんだから。「安心」はそれで買えるの。だけど、POPに顔が出ているからといって、農薬を使っていないとは限らないでしょう? 「安心・安全」っていう言葉がセットになっていることがまず間違いなんだ。「安心」と「安全」はまったく違うよ。安心して買えるものが安全かといえば、それは保証されていない。それにしても、どの世界でも安心・安全という言葉が流行のごとく使われているね。本当におもしろい時代になったものだと思うよ。

まずは、生産者が消費者と直に会っていく。これも「一」でいいんだ、まずは。そして、そのわかってくれた「一」のひとが口コミをしていく。実体験からいろいろなひとに伝えていく。これがひとつの基本パターンだね。
でもそれだと時間がかかってしまうから、セミナーみたいな方法で大勢を集める。そこでわかっていってもらうという方法がふたつめ。みっつめは、セミナーでもよくいっている、消費者に生産現場に来てもらって、生産者と話すこと。書物を通した情報発信は、必ずつくられている部分があるから、自分の目で確認にいくのが一番いいことなんだ。そこに実情があることを直接確かめる。

以前、ある消費者団体と一年間お付き合いしたことがある。そこのメンバーたちは「自然栽培の野菜を扱いたいなら千葉の高橋博に聞いてみろ。ただあのひとはちょっとうるさいから、こころして行けよ」っていわれていたらしいんだけど、農園へやって来てうちの歩みとか理論とかを話しているうちに「あれ、ふつうのひとじゃない」ってみんな感じたみたいで、「ぜひ勉強したい!」って。特にリーダーのおばちゃんが主体となって、わざわざ埼玉から千葉まで週に1回、勉強に来るんだ。こっちも一生懸命になって教えていたら、そのひと「毎日でもいい!」っていいだして。それはさすがにこっちがたまらないからやめてもらったけれど。
1年の勉強が終わったときに、本当にその女のひとが変わったんだよ。最初は、リーダーだけど、みんなが止むを得ずについてくるようなリーダーだったの。だから二人でいたときに、「あなたの組織、もう崩壊するよ」っていったの。「なんでですか?」っていうから、気付いた部分を教えてあげて、そうしたらそこから変わっていった。
そうしてやっているうちに、原発の問題が起きて、農家にいろいろな負担がかかってきた。彼女らは野菜を仕入れて会員みんなに分けているんだけど、会員にはちょっと高く買ってもらうんだ。その上前をはねて、積み立てておいてくれるんだよ。「高橋さんたちがいつかなにかで必要が生じたときに、使ってもらえるように集めています」って。自然栽培だけじゃなくて、そこまで勉強したからね。もうみんな50代のおばちゃんだけど、この農法のことを理解してくれてね。それも、この基本の考え方に惚れたんだろうな。

自然農法を理解してくれるひとたちって、健康志向で、子育てしているひとが多いんだ。子どもに安全なものを食べさせようとしている若いお母ちゃんとかね。「そのレベルじゃもったいないんだよー」っていったの。「あなたたちにも勉強になることがあるんだよー」って。「自然栽培の考え方は、あなたたちが組織をつくっていくにあたっての秘訣も学べるよー」って。そうやって生産者と消費者と流通の三位一体でやっていると、少しのミスくらいなら、許してもらえるんだ。お互いをよーく知っているからね。

今は、消費者も生産者も、やられればやりかえす、という姿勢になってしまっている。流通の都合で農家を泣かし、農家の都合で流通や消費者を泣かし、消費者の都合で農家を泣かし、ってね。そこになにが生まれる? 発展はないよね。
こんなこともあった。市場の競りのときにね、「何十番、高く競れ」って裏でやられるんだ。そうしてお金を稼ぐんだよ。全国どこの農家もそうやっているから、やらないと売れないんだ。そんな世界があたり前になっちゃうんだ。それがこの社会であり、この商売なわけだ。

そんななかでやってきて、ずっとおかしいよなぁ、と思ってはいたわけだよ。なんでそこまでしてお金とらなくちゃいけないんだろう、って。そこまでしないと農業ってできないの? って感じていた。わたしは農業って、もっと純粋なひとがやるものだと思っていたけれど、そうじゃなかった。だから20代のころに一度やめようと思ったの。
だってそうやって、人をだましながら一生を終えるのはいやだったからね。そのために生まれたんだとは思いたくなかった。だから農業に純粋さを求めたんだけど、「そんなきれいごとじゃ世の中渡れないよ」って言われちゃうわけ。「そんな甘ちゃんでは世の中渡れないよ」ってね。でもね、そんな純粋さを追い求めて、自然栽培と出合って、甘ちゃんでここまで生きてこられたよ。

 

 

高橋博(たかはし・ひろし)

1950年千葉県生まれ。自然栽培全国普及会会長。自然農法成田生産組合技術開発部部長。1978年より、自然栽培をスタート。現在、千葉県富里市で9000坪の畑にて自然栽培で作物を育てている。自然栽培についての勉強会を開催するほか、国内外で、自然栽培の普及を精力的に努めている。高橋さんの野菜は、「ナチュラル・ハーモニーの宅配」にて買うことができる。

http://www.naturalharmony.co.jp/takuhai/

小屋と畑

高橋博の 自然が何でも教えてくれる #03
毎月1日更新!

 

第3回 理想を理想じゃなくしよう

 

自然栽培の理念だけじゃなくて、あの男(先生)に惚れたんだな。出合ったときはわたしが28歳で、先生は36歳。もっと年上に見えたけどね(笑)。先生は、先のものが見えるようなタイプで、ちょっと怖いひとだった。「理想を理想じゃなくしよう」とよく言われたね。「『理想は理想』という言葉を打ち消せるようなことをしよう」ってね。自然界にはそれを達成するためのヒントがたくさんあった。

でも、先生も農業に身を捧げるあまり、家庭のための時間をつくれなかったみたいで。子どもは4人いたんだけど、ひとりも抱いたことがないといっていた。みんな、自分を親と思ってくれなかったって。朝から畑に出ているから、子どもたちと顔をあわせる時間もない。これがずっと続く。周りのひとからみたら、きっとすごく外れ者(はみだし者)だったと思う。寂しいけどしょうがない、っていうんだ。
先生は出会って10年で逝っちまって……。ある夜中に先生の奥さんから電話が来て、「高橋さん、いまうちのひと、逝きました」って。まだ先生、46歳だったんだよ。車で駆けつけたら、奥さんが枕元で泣いてるわけだ。最後まで農業やって、夫婦愛も親子愛も捨てて……。先生はそれほどこの農法に賭けてたんだよ。だからわたしたちも、このひとのためにもやらなくちゃなって。ドラマの物語だったらあれだけど、現実に起きた話だよ。

だから、今やっている自然農法の塾は、30年前の先生との構想なんだ。先生との約束。「高橋くん、将来は学校も必要になるぞー」っていわれていたからね。最初はうちも研修生を預かっていたわけだけど、もう応えきれなくなっちゃったんだ。研修生として受け容れるのは5、6人が精一杯だからね。
学校をつくるには施設も手続きもなにかと大変だし、だから街の施設でできる塾というかたちでやろうかという話になって。それでなんとかなっていったよ。30数年前の先生との夢が少しずつ叶ってきたわけだ。
先生と語りあった夢のうちで、先生がいるうちに実現できたのは3つか4つしかないよ。だから、先生が逝っちゃったときは「これからなのに、なんで逝っちゃうんだ」って泣いたよ。わたしも、妻が離婚同意書を持ってきたり、子どもが隣の家のお父ちゃんの手をつないじゃったりして寂しい思いもしてきたけど、まだまだがんばらないといけないなって。

自然農法はそのくらい自分を賭けてもいい内容だった。農業だけじゃなく、いろいろな真理も掴めるようになった。先生に教えてもらったことでもあるけれど、「情ではひとは救えない」って。情をかけたら人間はダメになる。その代わり、ずっと想っていないとダメだと。
なんていう冷たい人間だと思ったね。でも薄情に感じられたそれも、本当の愛情だったわけだな。あれだけしてもらえてなかったら、きっと今ごろチャランポランな人間になっていたろうな(笑)。

自然農法の塾でわたしが話していると、目が潤んでくるひとがいるんだよ。そうすると、わかってくれたのかと思うな。自分と合うものがあるんだろうね。みんな、いままで自然に近づくことができなかったんだ、なかなか。どうすれば近づけるかがわからなかったからね。でも、本来人間ってみんな、本能が自然に戻ることを望んでる。きっとこの塾に来るとその感覚を味わうことができるから、みんな高いお金を出してでも来てくれているんじゃないかなぁ。こころの故郷に帰ったような、そんな安堵感をね。

先生は今でもここにいるんじゃないかと思うよ。自分でしゃべっていないように思えるときがある。先生は、ひとりでいいから誰か自然農を理解してくれるやつはいないかと、たまたまうちに訪ねてきて、それを託していったわけだからね。
印象に残っている先生の言葉はいっぱいあるけど、見えない世界の話が多かったな。肥料がなくてもできるっていうことが先に経験からわかって、その後で学者が調査するという順番なんだろうね。ほら、ノーベル賞もらったひとなんかも、見えないといわれていたものを発見してノーベル賞をもらっているでしょ。きっとこれから見えてくるんだよ。見えないながらもわたしたちはこの原理を学んでいるんだ。

 

 

高橋博(たかはし・ひろし)

1950年千葉県生まれ。自然栽培全国普及会会長。自然農法成田生産組合技術開発部部長。1978年より、自然栽培をスタート。現在、千葉県富里市で9000坪の畑にて自然栽培で作物を育てている。自然栽培についての勉強会を開催するほか、国内外で、自然栽培の普及を精力的に努めている。高橋さんの野菜は、「ナチュラル・ハーモニーの宅配」にて買うことができる。

http://www.naturalharmony.co.jp/takuhai/

小屋と畑

高橋博の 自然が何でも教えてくれる #02
毎月1日更新!

 

先月からはじまりました、高橋博さんの連載。

毎月1日更新で、全14回を予定しております。

マーマーな農家サイトでも同じ記事を連載していきますので、

どうぞどうぞお楽しみに!

(編集部)

 

 

第2回 自分の感動が覚悟になる

 

ある日突然、自然農法の先生が家を訪ねてきた。黒板を使った授業を何時間かしていったんだけど、これはやってみる価値があると思った。言葉としては、逆らう言葉を吐いていたけれどね。先生としても、「これだけ逆らってくるやつは絶対モノになるぞ!」って、内心思っていたみたい。
わたしはそれまで散々、大人のいやな世界を見てきた。「そこから抜け出るには、3年間はいうこと聞いていろ」って先生にいわれたよ。先生には「俺が『右向け』っていったら右向くんだぞ。『左向け』っていったら、左向くんだぞ」ってね。わたしも当時は若いから、「あぁ、やってやろうじゃないの」って。それで救われるのならやってやるって、いわれたようにはじめてみたわけ。

そうしたら、どうしようもないくらいの量の課題を持ってくるわけだ(笑)。昼間は我が家での農業をやらなくちゃいけないから、夕方からしか勉強の時間はないんだけど、先生は「高橋、若いときは3時間寝れば、からだはもつんだ」「日の出前に起きるんだ。それが自然順応だ。自然界の動物、植物は日の出前に目が覚めるから」なんていうんだよ。
だから日の出前に起きるようにして、将来の話なんかを語り合うわけだ。でもね、寝るのも深夜2時、3時になっちゃうんだ。そうしてほんとに3時間睡眠みたいになって、そんな日が毎日続いていたんだよ。先生はこれが仕事だからいいけれど、わたしはそのあと重労働だよ。3日続いたら、若くても完全にからだはまいってしまったよ。

それでわたし、電話をかけて、「おい、ふざけんなこの野郎。からだいくつあっても足りねぇよ」って(笑)。でもそこで説得されるんだ。「お前、あそこに帰りてぇのか? あそこから抜け出てぇんだろ」って。だからそこでまた、やるしかない、って思うんだよ。この自然農法を身につけないと人類を救えないし、農業者を救えない。いまの農業者の苦しみを救うにはこれしかないんだと。事実を出すことが唯一の救いなんだから、やるしかないんだと思ってね。

河名秀郎さん(ナチュラルハーモニー創業者)は1年でこの先生の自然栽培を理解し実践できるようになったけど、俺は3年かかった。でも3年目の終盤にはやっと、五分と五分で話せるようになったんだ。先生は8つ年上だったからさ。で、いま実現しようとしている構想(自然農法の普及)が、当時のそういった話し合いのなかでうまれたわけだ。
あれから35年間のうちにいろいろなことがあったけれど、でもそれがあったから、ここまでやり続けることができたの。現実をみたら、きっとほかの人らと同じだよ。やれるかな、って心配ばかりで。
だって、家庭までダメになりかけたからね。妻は離婚協議書を持ってきて「別れてくれ」って言うし。「このままでは子どもを育てられない」ってね。家計を妻に任せたら、どんどん通帳が喰われていくのがわかるわけだ。収入があがってこないんだよ。まぁ、嫁にくるときに持参金をいくらかもってきていたみたいなんだけど、それで食いつないでいたらしいんだよね。

あるものに惚れたらね、5年、10年って自分で積み上げる。積んでいくと喜びが見えるんだ。ここから眺めるとね。山にたとえて話すんだけど、富士山を登るとして、5合目からより8合目からのほうが下界はきれいに見えるだろう? そうすると、もっといいものを見るために、もっと登ってみたくなる。そういう期待をもつようになる。
ひとが積んでくれたものの上に登っても、感動はないんだよね。これは種の世界で味わった。うちの組合のモットーでもあり、自然農法成功の秘訣ともいえる。土と種と人それぞれの育て方っていう要素があるわな。この人づくりのところで、種も自分で取り組めっていうのは、全国の農家にもいっているのね。もらった種というのは人の部分で絶対に育たないから。温情でひとに種をあげると、それでひとをダメにしてしまう。

あとで種の話もするけれど、いまつくっている人参の種の積み上げのときにその訓練をさせられたの。ドラマがあるんだ、そこに。種づくりのなかにドラマが生まれるから、そのドラマを味わうと、本命の自然農法を捨てないの。人間って、ひとから味わわせてもらった感動は、簡単に捨てることができる。「感動しました」っていっても、それがひとから味わわせてもらっているものだったら、しょせん家に帰ったら忘れてしまっているわけ。
自分の感動なら忘れないから、それをやらないと。わたしの場合は、あれだけ拗ねてた男が先生のもとで自然栽培にめぐりあって、自分で感動して素直になれた。この農業が、自分をまっとうにしてくれたんだ。純粋でいけばいいんだ、一生いけるんだ、ってね。肩に力いれないでいけるんだ、っていう生き方を教えてもらった。いまはもう、あまり力をいれないで穏やかに生きていけるんだよね。

 

 

高橋博(たかはし・ひろし)

1950年千葉県生まれ。自然栽培全国普及会会長。自然農法成田生産組合技術開発部部長。1978年より、自然栽培をスタート。現在、千葉県富里市で9000坪の畑にて自然栽培で作物を育てている。自然栽培についての勉強会を開催するほか、国内外で、自然栽培の普及を精力的に努めている。高橋さんの野菜は、「ナチュラル・ハーモニーの宅配」にて買うことができる。

http://www.naturalharmony.co.jp/takuhai/