murmurbooks

今日の編集部

0224|あたらしい医療|麻痺社会|移住は自然に

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「からだがじょうぶであるだけで健康とはいえない。

健康とはあたまもこころもしっかりしていて、

人生全般にわたって配慮がいきとどいている状態を意味している。

だれしも世界から孤立して生きることはできない。

世界に対する配慮がいきとどいている人は、

世界からそれだけ多くの授かりものを受けるようになる」

 

 

 

 

『いのちの輝き フルフォード博士が語る自然治癒力』

(ロバート・C・フルフォード&ジーン・ストーン=著 アンドルー・ワイル=序文 上野圭一=訳 翔泳社=刊)より抜粋

 

 

 

にん!

みなさん、こんにちは!

 

水曜日にアップすると言っていたのに

金曜日になってしまいました! ゴメンなさい!

 

さて、

1月から2月にかけて、

8回にわたり毎週書かせていただいた

岐阜新聞の「素描」が終了しました。

 

そうそう、最終回で、

 

「薬や病院にかからなくても済む高い健康」と書きましたが、

できればここにも「過剰に」ということばを付け加えたいなと思っています。

 

生まれもって疾患のある方で

常に、薬や病院とともに生きている方もたくさんいらっしゃいますし、

また、元気であっても、

薬や病院のお世話になることはもちろんあります。

 

ただ、そこそこ元気であるのに、

また自己管理やセルフケアを怠って、

何かあったらすぐ薬を飲む、

何かあったらすぐ病院へ、という風潮に

なりすぎているのを危惧しています。

 

薬や病院は、「対処療法」であることが多いんですよね。

現在のアロパシー医学(現代医学)は、

そういう傾向が強いような気がしています。

 

症状がなくなったら治ったと言えるのか?

 

どうでしょうか?

 

そういうケースもあるだろうし、

でも、そうではないケースもあると思っています。

 

ひとつのある方法を

すべての人に当てはめてうまくいくほど

人のからだってロボットみたいじゃないと思うんです。

 

何が治療になるかはわからない。

 

胃が痛いとしても、

食べ物が原因かもしれないし、

仕事をしすぎでストレスからきているのかもしれない、

失恋が原因かもしれないし、

「休みたい」という気持ちが胃を悪くさせたのかもしれない、

最近はじめた自然療法による好転反応かもしれない。

 

そうして、

薬が効く場合もあるかもしれないけれど、

そっとやさしいことばをかけられて、

それがいちばんの薬だった、ということもあるかもしれません。

 

わたし自身、

かつて受験の時に、すごく体調が悪くなってしまって、

受験先の内科に行ったことがありました。

そうしたら、その先生、

わたしの顔も見ないで、

「はい、薬出しときます」って言ったんです。それでおしまい。

 

ものすごく傷つきました。

 

 

おそらく、わたしは、受験勉強や受験の緊張で

本当に疲れてしまっていた。

少し、話を聞いてくれてばそれで気も済んで、(「大変だねー」とか「よくやってるねー」とか)

あかるい気持ちになれたかもしれないなと

今振り返ると思うのです。

 

昔の医師は違った気がします。

 

部屋に入ってきた時に

その人の全体を見て、じっくり話を聞いて、

場合によっては、おじいちゃんおばあちゃんの代から主治医で、

家系の心身の特徴なんかもわかっていて、

リベラルアーツ的な、教養もたっぷりとあって、

人間味もあって、、、

(もちろん今もそういうお医者さんはいらっしゃるかもだけれど)

そういう人物がお医者さんだったのではないでしょうか。

 

 

もちろん、今もそういうお医者さんは

たくさんいるとは思います(そう願いたい)。

でも、よく会うのは、

顔も見ずに(何人にも会いました)

パソコンの画面を見て、

薬ばかりを出す先生たちです。

 

データ、薬、

唯物論もいいけれど、

それに偏りすぎでは、全体は見えないと思うんです。

しかも、臓器の各所に

科が分かれてしまっている。

 

そうではない医療を受けたい、

もっともっと、全体的になって、総合的になって、

やさしい、あたたかな、

医療現場が増えるといいなと思います。

 

(もちろん、何度も言いますが、

そういう病院やお医者さんも存在します!)

 

またその一方で、

自分たちも、自分たちの生活をちゃんと自分で守る、

そういう態度も必要かなと感じています。

 

自分は適当な食事、適当な生活をしておいて、

困った時だけ病院に駆け込んで、

薬を飲んで、はい、オッケー、、、というのは、

ちょっとからだや自分に失礼では?と思うのです。

 

どうしようもなくなって、

自分ではやることやった、でも、

どうしようもない、となった時に、

薬や病院へ行けるといいのかな、

そして、病院側や先生方も、

そういった、セルフケアにもくわしくて、

安心して、「足湯やってました」とか、

「こんにゃく湿布やってました」とかいう情報を

共有できるような相手だとステキだなと思います。

 

医師たちと、

自然療法などのセルフケアの世界に

断絶がないといいなと思います。

 

かつて、

1800年代より前は、

日本だって、

みんな自分で治したり、

町のお医者さんや(と言ったって

アロパシー医学じゃなくて、鍼灸とか薬草使ったり、温泉につかったり、そういうのだったと思います)

治療家に治してもらっていた。

 

また、想像ですが、

食べ物や生活から、

自然治癒力も高かかったと思います。

 

もちろんね、今治る病気で

治らないものもたくさんあったと思いますし、

「昔は良かった」なんて安易に言うつもりはありません。

結核だって治らなかったわけだから……。

痛みとの闘いとか、、、想像するだけで

凄まじいものがあっただろうと思います。

(ジブリの映画『風立ちぬ』で、菜穂子が結核になり、

高原の療養所に行った時、

外で、寝袋みたいなのにくるまって寝てるシーンには

びっくりしました!)

 

だから、今はすごくいい時代になったという側面ももちろんある。

重々承知です。

 

 

ただ、どうせ進化するならば、

もっと、さらに、あたたかくて、やさしくて

つながりのある、そういう治癒の現場、

治療の環境も

できていくとステキだなと思うのです

(もちろん、そういう現場も、生まれはじめていることと思います!)。

 

あらら、

思いのほか、このテーマ、長くなっちゃった!

 

マーマーマガジンをつくりはじめて、

来年で10年になるのですが、

からだ、こころ、服、食、農、などなど

取材しても取材しても感じるのは、

人々の中にはびこる強力な「依存体質」です。

それでいて、その場その場や人々は、

空洞化しているというか、すごく孤独だったり、

大事なものが欠落していたりする。

 

あれ? 人間ってこんなに浅い存在じゃないよね?!?!

と思わされることが

あまりに多いんです。

 

何を切り取ってもそう。

空洞化とべったり依存。

個人個人に主体がない。

 

 

これが現代という時代の特徴なのかもしれないけれど、

もっとシンプルに、

何が大事か、何が豊かかに焦点を絞って、

そこをたいせつにしていけばいいんじゃないかなと思うのですけれど、

みんな、お金や健康や欲望や、、何だろうな、、

まあ、いってみたら正直どうでもいいことに真剣に振り回されて(笑っちゃう)、

自分というものの軸はなくなって、

わやくちゃに生きてる感じがするんです。

 

わやくちゃに生きて、

幸福感って感じられるのかなあ。

 

何というか、

デフレスパイラルな気がするんですよね。

 

 

例えばですが、

 

自分に自信がない→毎日がつまらない→買い物で自分を満たす

→その時は満たされるけれど根本の自分が満たされるわけではない

→また買い物をする→でもやっぱり満たされない→ますます消費する

→お金がたらない→働かないとやばいという恐怖心が強くなる→働く→

あっていない職場で働いてみたり→疲れる→自分にさらに自信がなくなる→

毎日がパッとしない→食べ物で自分を満たす→

その時は満たされるけれど根本の自分が満たされるわけではない→

また食べる→やっぱり満たされない→ますます食べる→お金の心配が!

→働かないとやばくね?→仕事しないと!と焦る→適当に焦って仕事する

→ますます満たされない→自分って何やってんだ?→

でも食べてるから頭ぼうっとしてまともに考えられない→また食べとけ

→頭ボー→自分にますます自信がなくなる→食べる(ループ)

 

などなど。

 

この買い物や食事を、

人によってはお酒、タバコ、ドラッグ、

仕事、セックス、恋愛などに置き換えてもいいかもしれません。

子ども依存、夫依存、妻依存、親依存の人もいるかもですね。

会社依存の人も(仕事ではなくて会社依存ネ)……。

 

 

とにかく、

大勢に人が、巨大な依存の世界に住んでいて、

多くの人が、何かの中毒になっている。

(まあ、そうしていると消費は終わらないから、

消費を主軸にした社会にとっては

こういう人間が多い方が、助かるということかもしれませんが)

 

何というか、

巨大な麻痺社会だなと感じるんです。

自分を麻痺させて、

感じさせなくして、

でも人の目だけは気になって、

淡く、心配や不安がいつもあるような社会。

 

どうでしょうか?

 

でも、そこから脱出することもできる。

入ることができたのだから

出ることもできると思っています。

 

中毒を止めるには、

その行為を止めることだそうです。

 

バカみたいな話だけれど

本当なんです。

 

タバコを止めたかったら

タバコを吸うという行為を止めるのが一番なわけです。

 

禅問答みたいだけれど、

本当にそうらしい。

 

ただ、それには苦痛が伴うから、

それを忘れるくらいの楽しいこと、ワクワクすること

ここちいいこと、を

身体やこころにもたらすことができると

スムーズかなと思います。

純度の高いものを自分にもたらしたら、

依存ってなくなるんです。

あと、勇気。

勇気を出すと、自分の周波数が変わります!

 

さらには、

このループ図の

「自分に自信がない」の部分の

自分、、

足りない自分、

自分の欠点を

直そうとするのではなくて、

受け入れる。

 

自分を責めない。罪悪感もたない。

できない自分を受け入れる。それを認める。

自分が自分を認めて、「いいじゃん!」とハンコを押す。

 

それが、遠いようで近い道かなと思ってます。

依存や中毒を止めるための、、、。

 

自己を卑下する気持ち、

自分を責める気持ち、

また、それと同時に派生するいらないプライド、

世間体というものが

どれだけ、いい循環の邪魔になっていることか!

 

弱音を吐けばいいんだと思うんです。

休みたかったら堂々と休めばいい。

弱い自分を受け入れて、認めて、

ああ、自分はこういうところが足らないんだな。

でも、いいじゃん、悪くないよ、自分、

できることもあるもの、

そのできることでぼちぼちやっていこうよ。

 

というふうに開き直った時に

あたらしい扉は開かれるのかなと思います。

 

ちいさい視野の自分はどうしても

かたくなになって、「こうしなければ」の世界に住み着き、

何かへの執着でがんじがらめになっている。

 

本当は自由なのにね。

 

でも、「問題」は、

そろそろ自由だということに気づいていいよ、

本来の自分自身で、生きることができるよ、という気づきのための、

ドアノック(はっ、オザケン!)かもしれません。

 

 

いいじゃん! 自分!

 

という開きなおりと容認。

 

そして、冒頭のフルフォード先生も

言っていたのですが、

欲望とともに誰にでもある意思の力。

この意思の力で、相当のことができるようです。

 

冒頭の文のように、

「与えていく」という態度、

いつも受け身なのではなくて、自分がいつも

ちいさくとも循環の起点となる、

そういう態度も

世界とのつながりの中で

よい循環を創り出し、

自分自身を取り戻し、

幸福で健康でいる、そういうきっかけになりそうです。

 

フルフォード先生の本、

ある仕事がきっかけで再読したのですが

最高でした。

 

10年以上前、マーマーマガジンを立ち上げる数年前あたりから

こういった治癒関連の本を

集中して読んだ時期があったのですが、

今読んだら、またあらたなヒントがたくさんでした。

また、今の自分自身に、

こういった自然の知恵が

すごく影響しているのだなとあらためて感じ入りました。

 

フルフォード先生、

からだは神殿であるといってます(はっ! 春樹!)。

 

この神殿をたいせつにすることが

積もり積もって、

まわりの人々や、社会、ひいては自然もたいせつにすることにつながる。

この思いは、創刊当初から

1ミリクロンも

ぶれることがありません。

 

 

自分の一番のお医者さんは

自分の中にある。

その名は、「自己治癒力」です。

自己治癒力先生、すごいんですよ!! やばし!

治る時には必ずこの先生が作動してくれてるみたいです。

 

 

 

マーマーマガジンフォーメンでは

特集以外で、

あたらしい時代の医療や

代替医療について取り上げる予定です!

春が深くなった頃に

みなさんにお届けできそう!

どうぞたのしみに待っていてくださいね。

 

 

さて、

福太郎日記にももうすぐアップされると思いますが、

青山ブックセンター本店で、

大勢の読者さんとわたしを結びつけてくれた、

呼吸レッスンの加藤俊朗先生とわたしを結びつけてくれた、

福太郎さんとの出合いの場であった編集ゼミの担当であった、

(結婚を決めたのがまだゼミ中で、

「うちら結婚するワ」と

表参道の居酒屋さんで報告したら、

めちゃめちゃ青ざめて震えながら「そ、そ、そ、それは、ま、ま、まずいです!!!」といった)

作田祥介さんからお手紙がきました。

 

 

 

とうとう、ABCを退職されて、

徳島の神山町に移住されたとのこと!

すごい!

 

仕事もなにも決まってないと思うのだけれど

まず行ってみたら? と夏に話していて

本当にそうしたみたい!! すばらしいです!

 

なんか、作田くんって、

『男はつらいよ』に出てきそうな、

典型的な書生さんみたいな、

ものすごい秀才(実際秀才)

みたいなタイプだと思うんだけれど、

なんかシーカヤックはじめた頃から

顔つきが変わって、話しやすくなったんですよね。

 

「頭」に「からだ」がついてきたみたいな感じで……。

 

徳島へ移られたのも

自然の流れかと……。

 

 

わたしは、移住してもしなくても

どっちでもいい、その人の縁の問題だと思ってるんですけれど、

でも、活気ある魂にとって、

地方は、すばらしい可能性の宝庫のように感じます。

 

これからあたらしい生き方をしたい人には、、

 

もちろん、まだまだ古い体制もはびこっていて、

ある程度の活力は必要だけれど、

でも、自然に、わたしは移住は増えるとおもってます。

 

たとえばですが、

保育園が足りないのは、(待機児童の問題の根本は)

行政の対策の問題はおおいあるけれど、

純粋に人口がそれだけ集中しすぎている、という問題も同時にあるような。

 

ベクトルが一つしかないみたいに思いがちですけれど

でも本当にそうかな?

生活を少しシフトダウンして、

子どもといういのちに寄り添ったなら、

別の選択、いのちを活かす選択も生まれそうです。

 

もちろん、そういう余裕すらない家庭の事情や

感情の状況もあるにはあると思いますが。

 

都市や行政の状況にもよると思いますが、

たとえば、人口2万人の

美濃市では、待機児童の話は聞かないです。

 

道を歩いていても、

子どもたちは、学齢が違う子どうし

外でワイワイあそんでます。

近所のおじいちゃんおばあちゃん、

また、自身の親たちも一緒になって、

たくさんの目で、子どもたちは育ってるみたい。

 

わたしも美濃に来てから

スタッフさんの子どもたちと

たくさんお話しするようになった。

これが本当にたのしいひとときです。

 

 

まあ、きっと全部がなんか、ゆるいんですネ。

 

 

もちろん、都会でも

そういうコミュニティーたくさんあると思うし、

みなさん努力していると思うのですが、

なんといったらいいかな、

地方暮らしは、そういう方向での努力が要らない感じです。

 

孤独がない。孤立もしない。

 

大人の自分でさえそれを思います。

孤独がなくなったんです。

 

いや、あるのかもわからないけれど、

都会の孤独や孤立とは

またちょっと違う世界が広がっているのは間違いなさそうです。

 

 

はっ、作田くんだった!

作田くんねー、これからの動き、見逃せないですね!

また、ぜひ、徳島へもたずねたいなと思っています。

 

まあ人間、ここちいいほう、ここちいいほうに

いざなわれると思いますから、

縁がある方は自然に縁のある場所へ

きっと導かれるんでしょうね!

 

もちろん都会にいる方は、

都会でのたいせつな役割があるのだと思います!

 

 

 

あと、

今週末、マーマーなブックス アンド ソックスのスタッフが、

鳥取と島根にお邪魔します!

 

くわしくはこちらから!

 

なお、冷えとり茶話会も行うのですが、

現在(24日金曜日)の状況ですが、

 

 

<冷えとり茶話会のお集り状況>

 

◎25日(土) グループセンター店

午前の回11:00〜 残席◯

午後の回14:00〜 残席わずか

 

◎26日(日) 錦町店

午前の回11:00〜 満席御礼!

午後の回14:00〜 残席◯

 

です!

 

冷えとりをしたことのない方も、

長い方も、はじめたばかりという方も、

どうぞ、どうぞ、お気軽にご参加くださいませね!

 

おまけ

 

 

はっ!

 

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こ、このお方は!!!

 

 

 

じゃししーん!!!!

 

 

 

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健一自然農園の健一さんです!

 

2014年のマーマーなフェス以来!!

 

いやあ、濃密でした!

 

健一さん、ハイパーぶりが加速してたワ。

わたしなんか、シャツ裏返しに着てたもの、、(この日はにゃんとも不思議な日でした、、)。

 

健一さんとまたあたらしいこともはじまりそうな……。

 

思いは同じだなあ!と思いました!

 

その翌日には、土岐に住む自然栽培を行う

グッティさんも訪ねてくださいましたし、、

(東京から6年前に移住してきた

グッティさんの肩書きはプロのニートです!

竹細工づくりや竹細工の先生もしておられますが、、)

 

ニューボーイ、続々現れてます!

 

 

 

ではではみなさま、

すこやかな週末をお過ごしくださいませね。

 

 

安心でリラックスできておもしろくてワクワクして、

自分自身が思う存分活かされる、

そういうあたらしい時代が

もうすぐそこ、そしてはじまりつつあります!

どうぞこの波に、ライドオンしてくださいませネ(ウインク)!

 

 

 

もう誰かになんかなろうとしなくていいんダッ!!!!

 

 

 

 

ではまた〜♪

 

 

 

 

服部みれい、ど、えした!

 

 

 

 

チャオ酢!

 

新米社長福太郎便り

22 作田祥介さん!

 

ぼくがみれいさんにはじめて会ったのは

「自分で企画・編集をしたい人のための『マーマーマガジン』編集長・

服部みれいの編集ゼミ」に参加した時のことでした。

 

その講座を開いてくれたのが青山ブックセンター本店で

担当をしてくださったのが作田祥介さん。

 

ぼくとみれいさんのキューピットのひとり(ウフッ!)

 

その後もおつき合いさせていただき、

去年の夏には美濃にあそびにきてくださったのですが

そのとき「移住を考えている」と聞いて、びっくり!

しかも移住先の候補が作田さんとは縁もゆかりもないところで……

 

あの、真面目な(とお見受けしておりました)作田さんが大丈夫かな?と

すこし思いました。

というのも、そのとき

行く先の不安や緊張感を作田さんから感じたからです。

 

しかし昨日、

なんとも爽やかな移住の挨拶のお葉書をちょうだいし

その文面から緊張感よりも脱力感や開放感を感じました。

 

いやーすごいです!

あの作田さんが徳島・神山町に移住しました!

 

 

DSC04403

 

作田さーーーん!! 必ずあそびにいきます!

 

追伸

先日は「エムエム・ブックスの番頭さん」の募集に

たくさんのご応募をいただき、まことにありがとうございました。

みなさまおひとりおひとりのご応募を読むだけで感動してしまい……

なかなか先に進むことができず……、しかし

しっかり、じっくりとおひとりおひとりのご応募と

向き合わせていただいております。

ご連絡にお時間がかかってしまい、申し訳ございません。

どなた様にも週明けにはご連絡をさせていただきます。

 

みなさま、すてきな金曜日、そして週末を◯

 

 

新米社長福太郎便り

21 冷えとり茶話会を鳥取と島根で開催!

 

みなさま、こんにちは!

昨日までの「仕事をたのしむとはなんだろう」シリーズが終わり

今日から日々のことを気をとりなおして書き進めてまいります!

どうぞよろしくお願いいたします!

 

最近のエムエム・ブックスは、ほんとうに涙あり笑いあり

どたばたの日々です(いつもこんなこといっている気がする……)。

その中でもおそらくもっともおおきなできごとは

編集部が東京にあった頃から小社を支えてくれた

社歴がぼくよりも長いスタッフのやまだともみさんが

この春から鍼灸の学校に通うと決意したことではないでしょうか。

 

鍼灸の学校に通うと決断するに至るくだりは

みれいさんが書いたブログにゆずりますが、

とてもおおきな勇気をふりしぼって、

自分自身の道を進むことになったなやまださん、

その影響は会社全体にも広がっていて、

スタッフひとりひとりに自分自身を見つめ直すきっかけを

与えてくれたと感じています。

 

勇気ってなんなのでしょうね?

確実に流れを変えるし、空気も変えるし、感動させたり

人を動かしたり……。

「勇気ってなんだろう?」シリーズをはじめたいぐらいです(笑)

 

そんなやまださんがウェブショップの商品をお持ちして

今週末に島根と鳥取の今井書店 青杏+さんにおじゃまします!!

そしてなんと全4回! 冷えとり茶話会をさせていただきます!!

 

美濃のお店エムエム・ブックス みの のスタッフのミノリエも

同行いたします!

 

 

 

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ウェブショップの撮影準備をしてくれるやまださん。

時に着用モデル、時にカメラアシスタント……

やまださんの仕事はウェブショップ、営業、その他諸々……

ほんとうに多岐に渡って会社を支えてもらっています!

 

 

鳥取&島根そして近隣にお住いのみなさま!

やまだ&ミノリエをどうぞよろしくお願いいたします!

 

 

 

 

みれいニュース

『岐阜新聞』 素描#8(最終回)

2月22日(水)

岐阜新聞にて、

「素描」8回目(最終回)のエッセイが

掲載されました。

 

 

素描#8

 

本当の意味での豊かさはどこにあるのか、

個々がそれぞれに追求していくと、

すばらしい生と死が待っている・・・!

 

最終回までご愛読いただきましてありがとうございました!

 

 

(編集部)

新米社長福太郎便り

20 仕事をたのしむとはなんだろう 9

 

 

「仕事をたのしむとはなんだろう」シリーズ9回目。

この問いについて、ぼくなりの、いまのところの、答えをお伝えして

このシリーズの最終回とさせていただきます。

 

まず思ったことは、

鬼ごっこに夢中になっている子どもが、鬼ごっこ中に

「鬼ごっこをたのしむとはなんだろう?」と思わないのと

同じように、ぼく自身がどこか仕事に熱中できていないのかも、と気づきました。

 

たとえぼく自身は熱中していてたとして

パッと顔をあげたら

仲間(うちの会社の人たち)があくびをしていたり、

ぜんぜん違うことをしていたり……、

それで「あれ? なんで楽しめていないの?」と

思うに至ったとしても

(実際そういう経緯で題名の問いが生まれたと思っていました)

この問いに縛られてしまうのは、ミスリードだと思うに至りました。

 

鬼ごっこを楽しめていない仲間に

「なんで楽しめていないの?」

「どうしたら楽しめるの?」っていう方向に持っていくのは……

なんというか……

おもしろくない……ですよね。

全体的におかしな方向に向かってしまうというか……。

 

じつは「仕事をたのしむとはなんだろう」という、この問いこそが、

ぼくが手放さなくてはいけない「リーダーシップ」の正体……

なんじゃないか? と気づいたのです!

 

正体といっても、うっすらとした影だったり、足元だけだったり

真正面からみたはっきりした姿ではなくて、

その正体をもっと明らかにしていくと……

根本にはぼく自身の「自信のなさ」や「エゴ」などに

行き着くのかもしれません。

 

ぼくのエゴですが、やっぱり経営者だけが楽しい会社って

なんかしらけるし、つまんないって思ってしまいます。

みんなが楽しんでいる場所(会社)をつくりたいんだな〜、と

あらためて実感しました。

 

お餅つきみたいに、子どもも大人もみんながそれぞれの役割をこなして

最後はみんなでおいしくお餅をいただく!

 

リーダーシップを手放したその先に、そんな光景が広がっていることを想像して

日々試行錯誤を繰り返してみたいと思います!

その経過は逐一このブログでみなさまに共有させていただきます!

 

なにぶんひとっ飛びにいかないため、

やきもきさせてしまうかもしれませんが

リーダーシップレス社長の成長記、見守っていただければさいわいです!!

 

 

結論も見えないまま、見切り発進で続いたこのシリーズ……

最後までおつき合いくださり、ほんとうにありがとうございました!!

 

お便り、メールくださったみなさま

ありがとうございました!!!

 

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昨年の春にやってきたアボカドの苗たち。

ビニールハウスのおかげで、なんとか冬を越えられそうです!

何年か後にはアボカド農園でアボカドを育てるのが

仕事になっているかもしれません……

それはそれで楽しそうです!