murmurbooks

小屋と畑

0817|田んぼがやばい

稲穂

 

みなさん、こんにちは。

田んぼのこと、

主に福太郎ブログでも紹介されているので

こちらではいいかなと思っていましたが、

でも、少し、書かせていただこうと思います。

 

5月に田植えをして、

8月、もう稲穂が出てきました!

8月11日には、みんなで畦づくりもしました!

 

わたしが到着した時には、

もう作業が全部終わっていたのですが、

すべて手で行ったのだとか!

すごい!

 

そして、もちろん農薬も、

さらには肥料も(化学肥料はもちろん

有機肥料も)何もかも、蒔いてませんが、

まったく草がない!

 

これには、田んぼの先生

五十嵐武志さんも、

見学にいらした、Tさん(自然栽培田んぼ歴11年)も

びっくりしていらっしゃいました。

 

どうして、草がはえなかったのか、と聞いたら、

何でも、平らにしたから、だそうです。

へー!! 平らにしたから!

不思議ですね。

 

 

あと、

今回、福太郎ブログにもありました通り、

「美濃市じゅうの雀が集まってきとる」という

近所の方の通報により、

一瞬ビビったのですけれど、

でも、

美濃市のまちかどで、

ある雀のチームに

 

「先日は、お米をありがとうございました。

大変美味しゅうございました」

 

と、頭を下げられて以来、

まあ、雀さんたちに、何割かでもいいかという気持ちに

すっかりなりました。

 

この辺りの経緯については

もうすぐ、

五十嵐さんのワークショップの実況中継を

リレーエッセイで公開しますので、

ぜひ読んでいただきたいのですが!

 

なんか、五十嵐さんがおっしゃるには、

自然界の情報伝達網ってすごいらしいです。

 

ちょっと、伝え聞いた話だから

いいかげんなままですが、

 

例えば、鳥たちが、あそこの田んぼのお米うまいらしいぜ!

と言って、その種を運ぼうとした場合、

50羽が運んで、

でも、その1羽だけが、成功する、

それもすべて計算して、50羽が飛ぶ、というような

計算が、自然界ではある種完璧に行われているらしいです。

 

 

ふむう。

 

 

コンピュータは、自然界を模倣したのかもしれないですね。

 

人間のからだは、

驚くほど宇宙の仕組みとなりたちが似ているらしいんですが、

この複雑で有機的な自然の完全さには

目をみはるものがあります。

 

 

それにしても

田んぼは想像以上にすごすぎました……。

お米の収穫前ですけれど、

充分、たのしんでます。

 

先日も、フォーメンのデザイナー飯田くんが、

うちの田んぼを見て、田んぼをやりたくなったと言っていたのですが、

「人が田んぼをもっているかもっていないかはすごく

生きている上で、違いが出る」みたいなこと言ってました。

 

お米って何なんでしょうね。

 

 

そしてオリゼ菌は……。

 

 

 

果てしないです!!

 

 

果てしない宇宙、田んぼ!!

 

 

ひゃああああ

 

 

またレポートします!

新米社長福太郎便り

光をあてる by 萌

 

「いな暮らし」萌のみの暮らし日記

インターン3日目は

とにかくたくさんごはんをつくりました!

 

 

この日は不耕起田んぼのワークショップ。

50noen|五十野園

五十嵐武志さん、ひろこさんが

南房総から来てくださいました。

 

まさに夏!といった蒸し暑い日。

朝から田んぼへ出かけていったみんなのお昼ごはんづくり担当で

ちょうど同じ時期に滞在している

イラストレーターの平松モモコさん、AIさんと一緒に

12人分のおむすび、冷汁、夏野菜の揚げ浸し、カレーポテトサラダなど

大急ぎでつくりました!

 

熱々ごはんを握るのにあたふたしていたら

みれいさんがさっと寄ってきて

「こうしたらすばやく握れるから! 覚えておくといいよ!」

 

と、超特急で握るコツを教えてくださり

ぱっぱと一緒に握ってくれました。

(みれいさん、塩むすび握るのめちゃくちゃ早いです・・・)

 

たくさん握った塩むすび

おなかを空かせたみんなのおなかにおさまっていく様を見ながら

しみじみうれしく感じました。

 

 

 

午後はエムエム・ブックスみのへ行き

のれんの手当てのお手伝いをしていました。

日差しや雨風を受け止めて、傷みがでてきてしまった箇所を

さしこで修復していきます。

 

布をあてて、ちくちくと一針ずつ縫う間、

縫い方を教えてくれたスタッフのなかさんとお話したり、

ひとり布に向き合う時間があったり。

 

だんだんと気持ちがしんと

落ち着いていくのを感じていました。

 

コズミックワンダーの前田征紀さんのデザインをもとに

ていねいに、時間をかけてつくられたもの、

それをまたみんなの手で繕っていくのも

いい時間になりそうです。

 

 

夜は再び台所へ。

マーマーマガジンにもよく登場する作家Hさんファミリーも加わって

さながらお盆の親戚の集まりのような雰囲気に。

 

20人分のごはん!

編集部の畑で採れたお野菜もたっぷり使って

モモコさん、AIさん、ひろこさんも一緒に

夏野菜のカレーを大鍋いっぱいにつくりました。

 

編集部のみなさんも

それぞれおかずやデザートを持ち寄って

にぎやかな食卓になりました。

 

いな暮らしにいるときのように

こうして美濃に来てもごはんをつくり

みんなに食べてもらえるよろこびに

じんわり浸った一日でした。

 

 

 

夕飯を食べながら

「みんなの得意なことは何?」

という話になりました。

 

Hさんのお母さま、Rさん曰く

「不思議なことを見つけるのが好き」。

 

 

たとえば

偶然、わたしの高校の同級生と

Hさんファミリーが、幼馴染でとても仲がいいのですが、

そんな不思議なつながりがとっても好きだと

Rさんはおっしゃっていました。

 

「ここにいるみんな、そんな不思議なことが好きだと思いますよ!」

と、みれいさん。

 

本当にそうだなぁと。

 

その不思議さに光をあてたり、

見逃さずにキャッチして楽しんだり、

そんな力がここに集う人たちには

あるように感じています。

 

これもまた

見えないものへの意識なのかもしれません。

 

 

 

その夜モモコさんと話していたのは

「自分の好きなことで

ひとに必要とされるってうれしいよね」

ということです。

 

好きなことに正直でいられて

そこに光をあててくれるひとがいて

のびのびと発揮できる場がある。

 

ここにも気持ちよさのヒントがありそうです。

 

 

(鈴木萌|いな暮らし)

 

 

今日の編集部

0811|奇跡研究|鬱憤研究|おしらせ関係

 

 

 

 

 

「医学研究者には挫折感をつのらせる現実ですが、

私達にはもう、生きている体こそこれまで考えられた

最高の薬局であるということがわかっています。

体は利尿剤でも鎮痛剤でも精神安定剤でも

睡眠薬でも抗生物質でも、

およそ製薬会社が作る薬はなんでも生成し、

しかもはるかに良質のものを作り上げます。

調剤の量や投薬の時期はいつも正しく、

副作用は最小限かまったくなく、

薬の使い方は、

内なる英知の一環として薬自身が知っているのです」

 

 

 

『クオンタム・ヒーリングーー心身医学の最前線を探る』

(ディーパック・チョプラ=著 上野圭一=監訳者 秘田涼子=訳)より抜粋

 

 

 

 

 

 

みなさん、こんにちは!

 

ここのところ、細菌や微生物や、あとミネラルや、

そういったものたちに

興味津々丸の服部みれいです。

 

 

(くわしくは今日の夜配信のmmbsのメルマガ|無料

で書かせていただきました!

くわしくは、ってそんなにくわしくはないんですが、よかったら読んでみてください。

このメルマガ、現在、1万2000人以上の方が読んでくださっています。

すごい! みなさん、ありがとうございます)

 

 

畑とか田んぼを経験したり、

あと、冷えとりなどを続けて、

からだの不思議に触れているせいだと思いますが、

んにゃー、人間って、いったい何なんだーい!?!?って思います。

 

「わたし」という概念とは何なのか、とかネ。

ほとんど、微生物や細菌がつくっている世界だとしたら、

「わたし」って何なの!?!?と。存在の耐えられないなんとかですよね、、、、

 

 

 

あと、一般的には、肉体でいう「わたし」の中に

こころや魂が宿っている、とつい思っていますが、

こう、目に見えない「わたし」という、

何というか、空間みたいなものの中に、

肉体が入ってるって知ってましたか!?!!

 

これを知った時には、

きゃああああとなりました。

 

でも、こう、人との距離感とか、

ここからは近づかれるとやだなあとか、

何か境界線みたいな物ってありますよね。

 

あれは、「わたし」の範囲が、

目に見えない場所まであるからだと思います。

 

オーラだとか何だとかは

くわしくないですけれど、

(むかしオーラを見る練習をしたけれど、

うまく見えず断念しました)

でも、「わたし」は、肉体のみにあらず、

その周辺まで広がっているかもしれないなあというのは

何となく、想像がつきますよね。

 

今、ずっと読みたかった、

ディーパック・チョプラ博士の

『クォンタム・ヒーリング』を読みはじめています。

 

本国では1989年、日本版では1990年の本であるのに、

すごく、こう、フレッシュ!

文章がいい!

社会人類学者のレヴィ・ストロースの文章も

「うーん」とうなってしまううまさなのですが、

チョプラ博士もうんまーい!

(翻訳もいいのかな)

そんなことにも感動しながら読み進めているところです。

 

先週、がんのことを書かせていただきました。

松久正さんの、ぷあぷあのご本を紹介しながら、

ある気づきが起こって、「問題」が消滅したり、

「問題」と共存しながら、また気づきとともに生きたり、

また肉体を離れたりする、

でも、そのすべてが個人個人の選択であって、

それぞれにいいのではないか、という内容でした。

 

そうしたら!IHプラクティショナーの松井歌織さんが、

アンサーブログを書いてくださいました。

 

 

肉体とは、心の凝固である

 

 

あいかわらずの「褒め滝」行、ですけれど、、、ちょっと褒められすぎ、だよ、、

(「褒め」が必要な方、

ぜひ、松井さんのセッション受けてみてください。

もれなく、存分に、本気の「褒め」を滝のように

浴びせられます……。

わたしはあの「褒め滝」で大きくなったようなもんです)

 

あれからもずっと考え続けています。

チョプラ博士の、

『クォンタム・ヒーリング』も、まさに、

がんが、奇跡的に寛解した人が

もう、がんが消えてからも、

がんがなくなったことを信じられない、

まだ自分は治っていないのではないか、

また自分はがんになるのではないか、という思いから

離れられず(!)

その人のために、

奇跡的治癒、ということのメカニズムについて

解説しています。

すごくおもしろい。

 

 

(「それからさらに数ヶ月、チトラは病気こそありませんでしたが、

相変わらず動揺し、迷い続けていました。癌が舞い戻ってきて

回復を阻むのではないかという不吉な疑念は、

チトラの癌そのものより退治しにくいようでした」同書より抜粋)

 

 

がんも、この本が書かれた当時で

数万人に一人、自然寛解するケースもあり、

チョプラ博士は、そう言ったケースにこそ目を向け、

科学者、医師が研究すべきだと言っていますが、

マーマーマガジンフォーメン3号でも、

弁護士の秋山佳胤さんが、こんな風にいっています。

 

 

「このような事例は、『奇跡』と言われ、

あまり研究対象にならず、医学学会でも取り上げられることなく、

むしろ非科学的として、

軽蔑、無視されてきました。

ですが『ありえない』としてドグマで否定するのではなく、

事実の観察の前に謙虚になり、

その事実の背後にある原因の世界、

自然法則、宇宙法則に意識を向ける方々が

近年どんどん増え、素晴らしい研究成果が発表されるように

なってきました」

 

 

あれから、

「なぜ、今、がんが増えているのか、重病になる人が多いのか」についてずっと考え続けて、

わたしがひとつ、感じたことは、

地球のがん化です。

 

やっぱり自然環境が「がん」化しているのではないか。

それが人間に照射されているのではないかと思うのです。

 

田んぼも畑も人間の身体も

地球や自然とリンクしていて、

どっちが先でどっちが後というよりも、

いつもいつも相互に作用し合っていて、

何か、自然に対して傷つけるようなこと

(汚染物質を平気で海や川に流したり、

農薬や化学肥料を使いまくったり、山を削りまくったり

木を切り倒しまくったり)をするのは、

どこか人間も傷つけられることなのかもなあと思うのです。

 

そうして、人間が、心身ともに

本当の意味での健康状態になれば

(薬で抑えた一時的な、仮の「健康」ではなく

もっと本質的な、

自然の微生物がはっきりと働いているような健康状態になれば)

自然と、人間が地球を汚すようなことはなく、

また、その意識が地球に照射されて、

自然や地球も元気になるのかなあと

考えたりしています。

 

最近、読んだ、別の本で、

地球からすごい汚い物質や

すごく汚れた想念が宇宙に排出されていると書いてあって、

ああ、その逆がいいなあと思いました。

 

きらきらと美しい空気と想念が

宇宙に伝わったらいいなあって。

 

そう言った動きが今、加速していますし、

加速せざるをえないのですが、

ただ、もう、こればっかりは、

やり続けるしかない、という感じがしています。

 

 

そのヒントは、ダーチャにあり!と思っていますが、

またこのお話は別の機会にさせていただくとして……。

 

 

想念といえば!

 

先日、冷えとり茶話会から帰ってきた

弊社のやまだともみこと山ちゃんと

いろいろな茶話会での話をシェアさせていただきました。

 

これまた今日のメルマガに掲載されるんですが、

開催される回ごとに、何か、共通のテーマみたいなものが

立ち現れるそうなのですが、

ある回では、

「職場などに、ものすごく苦手ないしはキライな人がいて、

その人のことが気になって仕方がない」

 

という「問題」をおもちの方が多かったとか。

しかも、そのことについて、

自分をすごく卑下して、責めていたりする。

 

最近、ちょっと違うんですが、

似たような意見というか、ムードを感じることがあるんです。

 

みれいさんのブログや本が大好き! でもキライ!!みたいな(笑)

 

どっちやねん!!!(笑)

 

 

キライキライも好きのうちと言いますから、

キライという人は、

全員好きなんだなと、自動的かつ勝手に思うようにしているんですけれども、

(あの人キライ!!!とか、悪口言ったりするのも

みんな、その人にエネルギーが集まるんですよね。

それは、いい|悪いなく、エネルギーをあげる行為なんですよね)

なんか、その愛憎半ばするというか、

気になって気になって仕方ない人の存在、みたいなものが

この世界には存在するんだなあと感じています。

 

そういう「記憶」が、ここのところ

すごく出てきているような。

(みなさんのところではどうですか?)

 

それにしても、

茶話会でのお話は、とても興味深いなと思いました。

 

参加者のみなさん、それぞれに

いろいろなパターンがあるのだと思いますが、

そこにあるのは、

 

  • 嫉妬心|羨ましい気持ち
  • 自分を認めてほしい|自己承認欲求
  • (自分の)要領が悪いことへの罪悪感、悔しさ
  • 真実(正しいこと)をみんなと共有したい欲求
  • 真実がわからない人たちへの怒り、不信感、いじけ

 

の、ようなのです。

その場に、わたし自身いなかったので、

少しニュアンスが違うかもしれないのですが、

例えば、こんなことみたいです。

 

「会社で自分は頑張っている。

でも、若い新人さんが入ってきた。

その子は、自分の前では、なんかムカツク態度をとる。

でも、他の人の前では、めちゃめちゃ要領良くやっていて、

すごくちやほやされている。

なんか、新人ちゃん、ムカツク!!! キーー!!」

 

みたいな感じ。

(違ってたらごめんなさいね)

 

で、すごく我慢したり、

あとは、その人にとらわれたりして、

苦しんでいるらしいのです。

 

さあ、わたしならどうするか。

 

考えてみました。

 

 

えっと、まず、わたしなら、

本人を学校の裏手(はっ、学校じゃなかった、会社とか?)

に呼び出して、

「わたしは、あなたの態度が、すごく苦手だし、

いやです」などと言います。

 

愚痴は本人に言えってやつですね。

 

で、それでもその人が変わらないと思ったら、

周りの人に相談します。あと上司とか。

 

で、それでも、周りが気づかず

その人は調子に乗ったままで、

周りがチヤホヤしている状態が続くならば、

辞めるかな、その会社(笑)。

 

あほらしー!!と言って。

 

まとめますと!

1、本人に、何がいやだと思っているか伝える

2、周りの人に相談する

3、その場から離れる

 

と思います。

で、今までのバイトや会社での経験を思い出すと、

わたしの場合は、

苦手な人などが現れたケースも無きにしも非ずだったのですが、

「ああ、これは、やめなさいというサインだな」と捉えて、

1、2などは一切せず、やめたこともありました。

 

潮目が変わったなと思えばいいというか、、、。

そのサインとして、面倒なことを捉えるというか。

 

 

みんな、何かしら理由をつけて

会社にしがみついてますが、

会社での仕事も賞味期限があるんだと思います。

いつまでも自分がいない方が

会社のため、ということもある。

 

わたしがいなくなったら会社、どうなるか心配!

と言いますが、

絶対に大丈夫。

会社って、その人がいなくても回るような

システムになってるんです。

それより新陳代謝が必要なんです。

 

あと、食べていくために、会社辞められないという人も多いですが、

それもどうなんでしょうか。

何やったって生きていけますよ。

貴重な時間を

「あの後輩ムカー」と思いながら仕事するなんて

めちゃめちゃあほらしい。

時間の無駄だと思います。

 

なんか、その人にとらわれる

自分をもし責めているとしたら、

1(本人に言う)をしっかりやったことがこれまでに人生にないか、

この事態を変えられない、と思っていることが悔しいのかなと思います。

 

人生は、自分が選ぶんです。

そういう苦しい状況を選ぶのは、

本当に、プレイだと思う。

何かの、「記憶」の表出にすぎないですよね。

もちろん、ポノってもいいですよね。

 

だから、がん、の話ではないけれど、

 

  • 消滅させる

(本人に「すみません、あなたのことが苦手です」と表明したり、

周りに相談したりして、解決する)

 

  • 共存する

(その人が何の記憶を見せてくれているのですか、とポノったり、

自分へのヒントをくれる天使だと思って気づきをいただく)

 

  • 肉体死

(この場合は、会社を辞める。その場を離れる。部署を変えてもらうなど)

 

という感じなのでしょうか。

 

ストレスってほとんど人間関係なんですってね。

 

いやあ、苦手な人っていますよ!

わたしだっています。

でも、静かにはなれます。

あとは、自分の捉え方を変えて付き合います。

あとはポノったり?

それと「てきとうに」付き合います。

本気ではつきあいません。

「あははーじゃーねー」と言って離れます。

 

 

あとね、

ちょっと思ったのは、

厳しいかもしれないけれど

誰か、特定の人にとらわれているって、

ヒマなんじゃないかなとも思います。

(ゴメンナサイ)

 

自分のことに本気で立ち向かって、

何か真剣に取り組んだら、

どうでもいい後輩とかあほらしい人物や

そういう程度の低いと感じられる人をチヤホヤする会社と

共にできないって思うんじゃないかな?

 

もっともっと自分の人生の

ハンドルを自分が握って

主人公になって、自分が決めたらいいと思います。

 

どこか、そういう「不満」をそのままにしている人って

ヒマなのだろうし(度々ゴメンナサイ)、

あとは、

自分という車のハンドルを握ってないんだと思う。

 

いいじゃん!

その後輩が、めちゃめちゃ、いい子ぶりっ子したら、

会議とかで、

「嘘つき!  わたしの前ではそんなんじゃないじゃん!

あほあほあほ子! わたし、やめてやるこんなあほ会社! けっ! ぺっ! ぶっ!」

(最後は、おならの音)

とぶちまけてやめてやったら。

 

はあ、気持ちがすっきりすると思いませんか?

 

こんな、乱暴なことば使わなくてもいいけれど、

でも、ていねいに、そういうことを

表明してもいいんだと思います。

 

必ず「アイメッセージ」で

「わたしは、もうこういう状況に耐えられないです。

  • さんのこと、本当に申し訳ないけれど

好きになれません。今日でこの会社辞めさせていただきます。

お世話になりました。

  • さん、お元気で。みなさん、ありがとう。

ではさようなら」

 

といってもいいですよね。

 

あと、もしこう言う勇気が湧かなければ、

言いたいこと、手紙にブワーーーーと、まず書いてみたらどうでしょう?

 

「あんたのここがいや、あそこがいや、

いやだと思っているわたしがいや!!!」って。

 

そうすると

本当に本当に隠れていた

本心が見えてくるかも。

 

で、この手紙は出しません。

 

そうそう、本心って、人に言っても傷つかないんですってね。

 

本心を知って、それをその当人にいってもいいし、

行動のヒントにしてもいい。

 

どうでしょうか。

 

なんか、「そのまま」にしておくから

循環せずに、停滞させるから、悶々とするような気がします。

 

苦手な人、きらいな人、ムカツク人って、

本当は天使ちゃんなんですよね。

気づきに満ちている。

 

会社を辞めるタイミングですよー

そのグループ自分とあってないですよー

自分の意見を本人に言う練習がきてますよー

 

 

とか。

 

どれかにあてはまらないでしょうか?

 

あと、別のパターンで

嫉妬している方。

 

こればっかりは、時間の無駄だと思います。

 

嫉妬するというのは、

その人に憧れたり、羨ましい部分があるから。

それは、必ずや自分にもあるから、

その人をすてきだと思うらしいです。

 

たとえば、ある作家さんをすてき!と憧れるのは、

その作家さんがもっている何かを

自分ももっているからなのです。

 

ただ、それを表現したり、表明したりできていないから

ムッとしちゃうのかな。

 

悔しかったら、努力すればいいだけだと思います。

どうやったって自分以上にはなれないのだから、

自分の中で最大限努力してみたらいいと思います。

 

一生懸命やりきってないから、

行動にうつしていないから、

「やれない」と諦めているから、

誰かへのネガティブな思いに執着してしまうのかな。

 

 

誰かのことを気になって気になって仕方ない、

きらいできらいで仕方がない、

苦手でたまらない、

なのにその人から離れられなくて、気になって仕方ない、

というループの中にいる人は、

 

「いよいよ、もう、いい加減

自分のことやってくださいね」

 

「いよいよ、もう、自分の行動を

自分で決めてくださいね」

 

「勇気を出してくださいね」

 

というサインなのかもしれません。

 

その人が、身を張って、悪役をやってくれて、

何かを引き出そうとしてくれているのかな。

 

ちょっと依頼心が強い感じがするのも気になります。

 

自分で自分が好きな人生を選んでいいと、

許可すれば、

あとはスムーズかもしれません。

 

 

わたしもこれまで

こういう経験が皆無だったわけではないけれど

不快な状況が長く続くのが耐えられず(せっかちなんです)、

「すみません、もうわたしはあなたと会いたくありません」

というか、

離れるか、どちらかの選択をしてきた気がします。

 

本心を言うって

本気と書いてマジで気持ちいいですよ!!

 

長い一生ですから、

一度くらいは、

本心をぶちまけてみたら!!?!(えへへ)

 

 

どうぞどうぞ晴れ晴れとした

毎日を過ごしてください。

おもしろいことで自分をいっぱいにしてくださいね。

そうすることを、許可して、

幸福になってください。

 

 

本当に、自分自身が幸福であるということが

たくさんのこともために

大切だなと思います。

 

いじけたり、認めてほしいと思ったり、

愛されたいという飢えをもったり、

悔しいとか、腹たつーとか、

別に思ってもいいけれど、、それは自由だけれど、、、、

 

でも、そういう感情を味わい切って、

もういいというくらい味わったら、

離れてもいいのかもしれないですよね。

ずっと同じ場所にいることもない。

 

 

どこかで開きなおるというか、

いい意味で諦めるというか、

それよりも、もっと

きれいなもの、おもしろいもの、笑えること、楽しいことで

自分の「空き」部分を埋めていくというか、

なんか、そういう風に生きてもいいのかもしれないですよね。

 

 

本当に、

個人個人のケースによって

対処方法が違いそうですけれど。

 

それにしても、

でも、わたしは、

宗教とかそういうのではなくて、

自然とか、天とか、神さまみたいな存在は、

真実を見ているんじゃないかなーと思うんですよね。

 

陰でコソコソ悪いことして

表でいい顔している人って、

まあ、それはそれで、その人は、

それなりの報いを得るというか。

 

蒔いた種しかかりとれないと

思うんですよね。

誰かを傷つけたり、ひどいこと言ったり、

裏と表と全然違ったり、という態度は、

種となってまた次に何かを生み出す。

それを受け取るのはその種を蒔いた本人だと思うんです。

 

 

今、なんだか、

結婚している人が、別の人を好きになって

(世に言う不倫とか、、このことばもなんとかならないかと思うんだけれど)

という人をすごくバッシングしたりするみたいですけれど、

本人がその当然の報いを得るだけで、

それでおしまいと思うんですよね。

 

外野が何かいうことでもないというか。

 

でも、今、誰かを悪くいわないといられない、

そういう構造があるような気がしています。

 

 

自分は正しいんだ、と思いたい、

そういう欲求がすごく高まっている。

あとは、人をうらやましがったり、とかね。

 

ものすごく意地悪な社会になっている、

その背景には、

個人個人が、「自分なんて」という無力感と、

このままで世の中が良くなる!と自信をもって感じられない、

そういう個人個人の思いがあるような気がします。

 

鬱憤がたまってるんですよね。

 

しあわせで充実していたら、

人のこと気にならないですものね。

 

 

なんかSNSとかで、リア充見せられて、

比較するのが常になってしまって、

みんな、疲れてないかなあと感じます。

 

いつもいつも、外側に、気持ちが向いてしまって、

自分のことを大切にできない感じ……。

 

でも、本当に、

自分を大切にする時は今!

という感じですね。

 

 

長くなりました!

 

どうぞどうぞ、

よい夏をお過ごしくださいませ。

 

 

冷えとり茶話会のことも、

また、症状の寛解に関わることも、

本当に本当に

学びが多いです!

 

 

 

 

 

ダン吉エヴァのおまけコーナー

 

  • 毎日新聞 日曜くらぶで、「好きに食べたい」という連載スタートしました。

関東版などは、毎週日曜日に掲載。中部地区は、8月31日、9月1日の、木曜日だったり、金曜日だったりから、毎週掲載されることとなりました。

あと、ネットでも読めます。

マーマーガール&ボーイには、おなじみのネタも登場しますが、

よかったら読んでみてくださいませ。

https://mainichi.jp/nichiyo-club/

(日曜くらぶ、フォーメン3号の中島正特集で、

ほんのイラストを描いていただいた、

赤井稚佳さんとも、近いページで、すごく感動しています!

赤井さんのほんのイラスト、すごかったですよねえ!!!

字が飛び出しちゃってるやつ!)

 

 

 

  • 8月21日(月)美濃の某所でmmaのライブやりまーす! また告知しますね!

 

 

 

 

今日は、不耕起田んぼのワークショップでした!

 

 

 

稲穂がッ!!!!!!!

 

 

 

ゴリラがッ!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

服部みれい、ど、え、した!

 

 

 

 

 

 

 

チャオはmmaバンドTつくりますー!

 

 

新米社長福太郎便り

見えないところで by 萌

 

エムエム・ブックスでのインターン2日目は、朝の掃除から始まりました。

美濃にある編集部の廊下は年を重ねて艶がでた

昔ながらの板張りの廊下で

うっとりするほど綺麗で気持ちがいいのです。

 

毎日スタッフの足元に用意する

湯たんぽのお湯で雑巾がけをします。

 

朝一番にこうしてからだを動かすと、

今日の仕事に向き合う前の準備運動のようで

なんだか気持ちがすっとします。

 

ふいに寄ってくるあたり君。

ごはんや打ち合わせの時にはちょこんと座って参加する、チームの一員です。

 

 

この日はコズミックワンダー新作の撮影日。

朝からアイロンがけ隊、撮影隊に分かれてせっせと準備をしていました。

撮影はその時間限りの真剣勝負。

福太郎さんがカメラマンでした。

 

その服に宿る“たましい”をどう伝えるか、

五感をフル回転させてシャッターを切っているように感じました。

美しく見せる、その服の魅力を伝えるだけではないなにか。

 

ぴりりと緊張感も漂う現場で

わたしはアイロンがけのお手伝いをしていたのですが

これがもうとっても難しい・・・!

 

ていねいに、真剣に、根気強く向き合わないと

いつまでたっても終わらない。

 

あたり前といえばそうかもしれないのですが、

慣れていない作業だったゆえに、

そんなことを、ひしひしと感じた瞬間でした。

 

お店に商品が到着し、販売がはじまるまでの過程は

ふだん買い物をしている場面では見えないところですが

手渡すまでの過程に、たくさんの人の真剣勝負が詰まっているのでした。

 

この日に撮影した服は

まもなくお店webショップで販売スタート予定です!

 

 

 

一日の終わりの終礼でのこと。

ひとりひとりが今日やったことと、

明日以降に行うことを報告していくのですが

今回仕入れたコズミックワンダーの新作についての話になりました。

 

エムエム・ブックスみのやmmbsにセレクトした服が

並んでいるのを見た時、手にした時、身につけた時、

目に見える表情の変化もあるかもしれないけれど、

目に見えない変化も、その人の内側に起こるかもしれない。

その体験を通して、その先の未来に少し変化が起きるような。

そんな体験も、お客さまにしていただきたいというお話でした。

 

エムエム・ブックスが伝えていきたいことは

見えないところの意識にもとてもヒントがあるように感じました。

 

 

わたしが今回インターンを希望してここに来た理由のひとつに

気持ちのいい表現のしかたを知りたい、というのがあります。

 

エムエム・ブックスが雑誌やお店、ウェブを通して発信しているものは

いつもお手紙をやりとりするような親しみがあり

風通しのいいところで、気持ちのいい景色を見ているような

そんな気分になるなぁと感じていました。

それはどこから滲み出てくるものなのだろうと。

 

この滞在期間中に、ぜひ探ってみたいと思います!

 

(鈴木萌|いな暮らし)

 

新米社長福太郎便り

いな暮らしから、みの暮らしへ by 萌

今日からしばらくの間、この福太郎社長日記の場で

インターン生の夏のレポートをお届けします!

どうぞお楽しみに!

 

 

 

 

みなさんこんにちは。

一昨日からインターンとして美濃に滞在している鈴木萌です。

ふだんは地元である東京の稲城市に暮らしながら

多摩川がそばを流れる昭和の古民家で

いな暮らし」という店を母と営んでいます。

 

美濃にはじめて訪れたのは2年前の夏。

到着した日にはもう、からだもこころもすっかりリラックスしていました。

昔ながらの家々が立ち並ぶ“うだつの上がる町並み”には

風鈴の音が響き、蝉は元気に鳴いていて

顔をあげればどーんとした山と、すっと晴れた空の青が目に飛び込んできます。

 

こうしてブログを書いている編集部の窓からも緑がよく見えて

とても気持ちがいいです。

 

 

 

せっかく滞在するなら、まずはご近所さんと顔見知りになれたらなぁと

昨日はあちこち歩いてみました。

 

文房具屋「さくら堂」でペンを買ったら

店主のおばあちゃんが2円おまけしてくれたり

手づくりパンも販売している商店「山高」へ行くと

お店の方が「どこに泊まってるん?」 と話しかけてくれました。

 

旅先で手紙を書くのが好きなわたしは

美濃和紙のお店「紙遊」さんで夏らしい便箋も買ってきました。

 

 

昨日の朝は、みれいさん、福太郎さんと

うだつの上がる町並みにある「&カフェ」でモーニングをいただきながら

インターン期間中にわたしが何を担当するか、お話しました。

 

マーマーマガジンのこれからについて

お二人の夢や未来の構想についても

いろいろ聞かせてもらいました!

 

美濃でのマーマーフェス開催

うだつの街並みでのオーガニックマルシェ

養生できるリトリート施設

農園つきのお家を週末貸し出すダーチャのこと・・・

 

お二人の話を聞くそばからわたしの頭の中でもまた

構想がふわぁ〜とふくらんでいきました。

 

滞在して今日で3日目。

実現に向けて今から準備できることも少しずつ見えてきました。

 

福太郎さん曰く、

全国のお取扱店さんが増えていき、ありがたい反面、

1対1のような密なやりとりをしたくてもできない、

もどかしい場面もあるのだとか。

 

フェスやマルシェの実現に向けて動きだす過程で

なにかたのしい工夫ができたらいいなぁと考えています。

 

インターン期間を終えたら、わたしは一度東京に戻ります。

 

美濃でのフェス実現に向けて

えいえいおー!と一緒につくる仲間を募るきっかけに

まずは、ちいさなマーマーフェスが東京でもできたらなぁとも考え中です。

 

わたしがマーマーマガジンと出会ったのは高校生の頃。

当時チアリーディング部に所属していたわたしは

朝から晩まで部活漬けでしたが、本が好きで

学校帰りによく立ち寄っていた下北沢の街で見つけたのでした。

 

以来、学校では教えてくれない、

毎日を気持ちよく生きるヒントが詰まった一冊を

教科書のように読んでいました。

 

からだからのメッセージを受け取ること

地球とともに暮らす知恵など

今の生き方につながるエッセンスをもらったと感じています。

 

大学で看護を学んだことをきっかけに

病院でも学校でもない、もうひとつの居場所について考えています。

 

からだのちょっとした不調や悩みを気軽に相談しに行ける場所

日常からちょっと離れてこころもからだもゆるめて休める場所が

街のなかにぽつぽつと明かりが灯るようにあればいいなぁと。

 

 

雑誌からはじまったマーマーマガジンの活動も

今では立ち寄りどころとしてお店ができて、すぐそばに編集部もあります。

 

場があると自然と人が集まってきて

集った人がまた、あたらしい種を運んできて

想像もしていなかった芽が出ます。

 

そんな循環がここでも、この夏の間に生まれていく予感がしています!

 

(鈴木萌|いな暮らし)