番外編 わたしの手帖 2016
このコーナー完全に運休状態にも関わらず、
いきなりの番外編を書かせいただきます!
なぜ、このコーナーで手帖のことを書かせていただくかと言いますと…
正直に申し上げまして……
すでにみなさま、お気づきのことと思いますが……
完全に…
世の中の手帖を発売する時期から、出遅れてしまいました!!(汗)
見事なまでに…2ヶ月ぐらい遅いです…(汗汗)
書店、雑貨店などなど、どこのお店に行っても
すでに手帳やカレンダーは出そろっていて……
「そもそも手帳商戦というものは夏が終わったらすぐに店頭に並ばないと、
それを過ぎてしまうと、お店にも出してもらえない」と
長年、手帳制作販売をされている方から
忠告をいただいていたりしましたが……
(忠告が今更ながら身にしみる今日この頃。 大汗!!)
でも、ほんっっとうに自信作が出来上がったんです!!
ということで番外編として、
いや社長として、これこそ伝えなくては!! と
「わたしの手帖 2016」のこと、そして発売予定のもののこと
お伝えさせてください!
今までの「あたらしい自分になる手帖」シリーズから
みれいさん自身があたためつづけてきたイメージや
ご利用いただいてきたみなさまのご意見を反映して
◯ 大好評の毎月のエッセイ&ワークはそのままに
◯ 持ち運びやすいハンディサイズ(生徒手帳のようなサイズ感)に
なって、さらに80ページもの取り外しができる付録付き!
(この付録には、こころとからだを支える全国のイエローページや
岐阜&美濃のマップとショップガイド、ホリスティックガイド、ブックガイドなどの
情報が満載です!)
◯13の月の暦にも対応!
など、ほんとうに作りたかった手帖、超自信作の手帖です!
ハンディになった分、今までみたいに日記を書き込みづらいんじゃないの? と
思われる方もいらっしゃると思います……
そんなみなさまにはこちらをご用意いたしました!
↓
「わたしのダイアリー」の表紙画像です!
初公開です!!
(なんだか、流れがTVの通販番組のようになってきました……)
こちらのダイアリーは、サイズもおおきく(縦22.3×横17.8㎝)、
デザインもかわいいです!
一日一ページ、たっぷりと余裕を持って書き込んでいただくことができます!
自分をふりかえったり、自分と向き合う欄も充実しています。
「この手帖には、他人には見せられないような内面のことを
赤裸々に書いているので、この手帖を落としたりしたら…、と不安だった」
というお声も届いていて…そんな方も、これで安心です!
一日のおわりに、自分とうちあわせの時間をたっぷりと!
贅沢な時間のおともになれたら!
ダイアリーは11月末〜12月上旬発売予定です。
また発売日が決まりましたら、HP等でお知らせします!
さらにさらに大好評!!
「日めくりッコンシャスプランカレンダー 2016」も
11月19日(木)に発売します!!
表紙はこちら!!!
こちらも初公開となります!!
去年からはじまった日めくりのコンシャスプランカレンダー
こちらの商品、夏前から、お取り扱い店さんやお客さまから、来年もつくるのか? と
お問い合わせをたくさんいただいておりました。
今年から読者のみなさまからいただきましたコンシャスプランなどが
あらたに入って、さらにパワーアップ!!
その日のコンシャスプランとシンクロする人続出!
今年もネコのあたり君シールが付いてきます!
日めくりカレンダーのサイズは縦15×横10㎝です!
以上、この3商品、これから年末にかけて発売していきます!
どれも超自信作です!!
みなさまに手にとっていただけますようにっ!!
第5回 新米社長、初心忘るべからず 後編
後編
第4回 新米社長、初心忘るべからず 前編

今回は、第2回のつづきです。
すぐになんでもかんでも忘れてしまいます(第2回がつづくで
終わっていたことも忘れていました…)。
でもアルバイトとして、はじめてマーマーマガジン編集部を
訪れた日のことは、よく覚えています。
エムエム・ブックスで、はたらきはじめた最初の日
ぼくは、仕事の先輩である学生アルバイトのS君から
スタッフのみなさんのサポート仕事を午前中いっぱいかけて教わり、
「これが編集部ランチかぁ…」という
みれいさんお手製のランチをいただき、
その後、たっぷり時間をかけて慎重に皿洗いをした後
いよいよ…
みれいさんから直々に仕事を頼まれることに!
「自分のもてる力を最大限に発揮して、応えたい! 」
ドキドキしながら、みれいさんから任せられる特命業務の内容を
一字一句もらしまいと
メモ用紙とペンを握りしめ、みれいさんの机のもとに向かいました。
すると、みれいさんは
屈託のない少女のような爽やかな笑顔
よく通る優しく、はっきりした声で、
「紀伊国屋新宿本店まで行って、ピンク映画のDVDをしこたま買ってきてほしい。
リストはこれ。
購入にはこのお金を使ってね」と言って、
5万円をポンッとぼくに渡しました。
渡されたリストにはエマニエル夫人など名だたるピンク映画の名まえが10作以上並んでいました。
あっけにとられながらも(あとで読み返したメモ用紙には「きのくにや ピンク」とだけ書かれていました…)
「はい! 」と返事。
意識を切り替えて、「それなら、最短時間ですべての作品を手に入れて帰ってきてみせる」と思いました。
入社初日ですから、期待に応えたくて
もしくは、「できる男! 」と思ってもらいたくて燃えていました。
ちなみに、なぜみれいさんがピンク映画をそんなに必要としていたかと言うと
(これをご説明しないと、ちょっとあやしい編集部になっちゃいますもんね)
このとき、編集部はマーマーマガジン17号のセックス特集の編集作業真っ最中
誌面でご紹介する資料として鑑賞するためだったのです。
ぼくは、渡されたリストをポケットにいれて、超特急で出かける支度を
すませて、事務所を出ようとしました。
しかし、そのとき、そんな僕を
「ちょっと、あなたも、こっちにいらっしゃい」と、ひきとめる人がいました。
そのとき、たまたま17号の取材のため会社にきてくれていた才田春光さんです。
なんとぼくがはじめて働きはじめた日は、偶然にも春光さんもはじめてマーマーマガジン編集部を訪れてくれた日でもあるんです。(後編につづく)
第3回 新米社長は怒られている

久しく「今日の編集部」から離れてしまっております…。
すべて自分の蒔いた種、ですが、6月はほんとうに怒濤で
自分自身が選択して抱え込んだ仕事に、完全にやられてしまいました。
ぼくがやられてしまうだけならいいのですが…、それは会社のみんなにも
読者のみなさまにも迷惑をかけることに、つながるわけですし、それでも
独りよがりにしていたのですが、そんなある日、とうとう、そう、
題名の通り…(先日、居候中の実家で新聞のTV欄を眺めていたら
『探偵はBARにいる』という文字をみて、マネしてみました)
怒られました。こっぴどく。
深夜3時、かれこれ2時間以上、実家のお仏壇の前で
ぼくは正座をしてうなだれて、ただただ頭を下げるのみ…。
もちろんその相手は、お仏壇のご先祖さまにではなく…
……みなさまならわかってくださいますね、そう、妻(みれいさん)に向かってです!
完全にキャパオーバーしながらも、独りよがりに仕事をすすめていた
こと(その他にもいろいろとあるのですが)を、しっかりとたしなめられました。
いつの間にか、自分1人でもなんでも出来る! と思い込んでしまって
いたなぁ、と大反省をしました。
それに「ぼくは社長だ! 」という意気込みが高まりすぎて
傲慢になっていたし、見栄というか、周りにも「できる社長と思ってもらいたい」
みたいな意識もありました(今もあります…)
でも、僕自身がほんとうにまだまだなんだから
そんな見栄をはっても、すぐにみすかされてしまいますよね。
今日ご近所のお世話になっている方と久しぶりにお話ししたら
先日、2日間出張で事務所に顔を出さなかったことがあるのですが
そのときのことを
「代表取締役の荷が重過ぎて、福ちゃん逃げ出したかと思ったよ」と
言われました。
おかげで、すごく肩の荷がおりたというか
ヨチヨチのひ弱な新米社長ということを、ぼくよりも
周りの方たちのほうが受け入れているんです。
それでいてちゃかしたりもするけれど、あたたかい目線で
見守ってくれたり、手伝ってくださったりしてくれている。
みれいさんだって、ほんとうに全力でサポートしてくれるし
うちのスタッフはみんな、ほんとうによく僕をたてつつ
かげですごくサポートしてくれています。
あらためて、ほんとうに感謝しかありません。
この「新米社長日記」ですが
・こんな仕事をやってのけました!
・こんな努力をなしとげました!
・うちの会社っていいでしょ?
という内容で書いていこうと思っていたんです…
でも、どの面さげてそんなこと書けるんだろうと思うし
それにこのブログが一向に進まないように…、そんな自慢エピソードが
ひとつもありません…。
それより怒られたり、失敗したり、後悔したり…
そんな話なら、毎日のように書けそうです!
そんな感じで書き進めていきます!
失敗社長にならぬよう、読者のみなさまも
どうぞ新米社長福太郎を宜しくお願いいたします!
3回目
第2回 この会社に入るまで

ぼくはもともとゲーム会社に勤めていました。
大学を卒業してから約7年半勤めさせていただき、2011年9月に退社します。
退社したきっかけは、その年におこった震災など色々なことがあってのことなのですが、実は、妻が書いた『あたらしい自分になる本』(アスペクト=刊)を読んだ影響というのも、とてもおおきかったんだなぁ、と後々気づいたんです。
というのも、エムエム・ブックスで働くようになって、サイン会等でみれいさんの横に立たせてもらい、読者の方々とお話をしていると、「あた自(上記本の略)を読んで人生が変わりました」と伝えてくださる方がほんとうに多いんです。ぼく自身も、なぜ今ここにいるのか、ということを思い返してみると、
『あた自』を読む→白湯を飲みはじめる→セサミオイルを買い、お風呂場でオイルマッサージを試そうとするが、母親に、排水溝がつまるから絶対にやめて、と言われ、断念する(実家暮らしのつらいところ)→そんな母親に冷えとりソックスをプレゼントする→自分も冷えとりソックスを注文する→届いた商品についていた服部みれいさんからのメッセージカードを手帖に大切に保管→代官山蔦屋書店さんで『murmur magazine』に出合う。買えるだけまとめて買う→cosmic wonderさんでみれいさんの詩の朗読会があるというので申し込む→当日になって「でも、やっぱり…僕なんて…」とドタキャンする→マーマーなダイアリーを一番過去までさかのぼって読了する→……→……→会社を辞める→絵を描き始める→個展を開催→プライベートで一大事→……→……→『あたらしい東京日記』(大和書房=刊)を夜、寝る前に読むのが日課になる→……→貯金が尽きる→……→青山ブックセンター主催の『服部みれいの編集講座』募集を知る→しかし、募集年齢制限が28歳までのため、一度断念→でも…、でも…、やっぱり受けてみたい! と思い、ダメもとで応募→見事合格! 講座の初回、僕以外が全員女性でびびる→講座2回目にアルバイトの募集がかかる、受けるか迷う→その深夜、TVをつけてなにげなく深夜ロードショーを観ていたら、急に登場人物が「世の中にはいい編集長と悪い編集長がいる。君たちにはいい編集長に出会ってほしい」というセリフをはく(のちに『ニュースの天才』という映画だと知るが、その時はこわくなってTVをすぐOFFにした)→次の日、応募動機を一気にかきあげる→面接を受ける→「ぜひ来てください」と電話をいただく→働きはじめる→…………、こういう流れではたらきはじめることになったんです(つづく)
※写真は愛すべき編集ゼミ同期のみなさま、懐かしい!例によって勝手に掲載ごめんなさい!
社長日記はじまります
みなさん、こんにちは! 服部福太郎です。
ぼくは2015年1月より株式会社エムエム・ブックスの代表取締役社長になりました。前社長は小社が発刊するマーマーマガジンの編集長でもある服部みれいです。みれいさん(このコーナーでは、この呼び名で統一させてください)は、すでに10冊以上の本をさまざまな出版社さんから出していて、作家や詩人としても活躍しています。つまりみれいさんは社長として会社を切り盛りしながら、編集長もやって、作家や詩人……といくつもの役割を担ってきました。ぼくはそんなみれいさんに憧れて約2年前にアルバイトとし小社に入社、その半年後にみれいさんと結婚しました。
入社したときから「みれいさんの力になりたい」と本気で思っていたら、2年後に社長になっていた。かなり大雑把にいうと、そういうことになると思います。「結婚したんだから、夫が社長になるのは当たり前じゃない」と思われる方もいるかもしれませんが、「福太郎さんが社長にふさわしくないことをすれば、また、ふさわしくない人物と私が判断すれば、(今後の計画や今までやってきたことも)すべて台なしです」と、妻に言われたことは何度も……、台なしになりそうなことが起こりそうになって、心底うちのめされ家に帰っても、そこに待っているのは妻……。今思い返せば妻もつらかったと思いますが、ほんとうに濃い社長修行の2年間でした。
2015年3月19日に会社を丸ごと岐阜県美濃市に移転しました。移転するまでにいろいろな形を模索していく流れで、ある地元のご長老に相談したところ、移転の第一条件はぼくが社長であることでした。ほんとうにいろいろな要素が重なって、ベストなタイミングでバトンタッチができたと自負しています。そしてこのタイミングでなければ、ぼくは一生この会社の社長にはなれなかったとも思います。このあたりの社長を引き継ぐまでの珍道中や、現在進行形のドタバタ劇をこのコーナーではお伝えしていけたらと思います。どうぞお楽しみに!
※写真は1月30日におこなわれた社長就任式のときのものです。写真家の浅田政志さんに撮影していただきました!











