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kai

第3水曜更新
Magical Mayberry Muffins
Episode12 太陽は嘘つきで、月は正直者だと思っていた

by kai

◎前回までのあらすじ

「わたし」は東京を離れ、湘南へと移り住み、保育所で働き始めた。Episode 11からは、Naoを主人公とした第一章が終わり、新たに「わたし」が主人公の第二章が始まっています。

Episode11をみる

 


 

“保育補助スタッフ募集

未経験者歓迎 年齢問わず”

 

近所にある保育所の入り口の門扉に貼られたその紙は、この街に引っ越してきた頃から、保育所の前を通るたびに目にしていた。

へぇ~、保育所の仕事って、未経験でもできるんだ。それくらいの軽い印象でしかなかった。

外観は古い木造の住宅で、言われなければ、そこが保育所だなんて思わないような建物だった。表札の代わりに、【星のこ保育室】と書かれた手作りの小さなプレートが、門に引っ掛けられていた。

勤め始めてからわかったことだけど、「星のこ」は、一般的な保育所とは少し違っていて、「自然保育」という考えかたをベースにした保育所だった。

外で遊ぶときは、山や海、川などに出かけ、子どもたちを自由に遊ばせる。昼食も、無肥料・無農薬で育てられた野菜を中心に、安全な食材で作られたものをいただく。

自然に触れさせ、自然に育ったものを食べさせて育てる。そういった理念を持つ保育所だった。

その影響なのかはわからないけれど、「星のこ」の子どもたちは、よく笑って、よく走り回って、よく昼寝をして、よく食べた。みんな「子どもらしい子ども」という感じで、とても健やかだった。そして、すごく無邪気だった。

わたしの子どもの頃とは、明らかに違っていた。

わたしは子どもの頃から、子どもたちが見せる「無邪気さ」みたいなものに抵抗があった。

子どもって、子どもであることの特権をちゃんと理解しているし、そのうえで「無邪気」を演じている。そんな子どもの中に潜む「狡猾さ」を、同級生の行動や、言葉の端々に、いつも密かに感じていた。

あんなふうになりたくないと思った。

だから、子どもの頃の写真の中のわたしは、どれも仏頂面をしている。写真を撮る瞬間だけ笑顔にするのは、嘘をついているような気がして、いやだった。

よく言えば「クールで大人しい」。悪く言えば「かわいくない」。わたしはそういう子どもだった。

「アンタみたいな子は、早く結婚したほうがいい。

そして、早く子どもを産めば、アンタのその性格も表情も、少しはやわらかくなるだろう」

子どもの頃から、母はわたしにそう言った。

離婚したことを、母が知ったら。

そのことを想像するだけで、身がすくんだ。

 

どこのカップルもそうであるように、離婚に至った原因はいろいろとあったけれど、詰まるところ、子どものことが一番大きかったと思う。

元夫のユウ君は、家族というものへの憧れが強い人だった。

結婚も、ユウ君に何度もプロポーズされて、こう言ってはなんだけど、根負けして仕方なく籍を入れたようなものだった。

早く「ちゃんとした家族」を作りたかったユウ君は、結婚当初から、いや、その前から、子どもの話をしてきた。

結婚したら子どもは何人ほしい? どんなお母さんになりたい?

そう聞かれるたび、自分の中で違和感というか、かすかにいやな感じがあった。でも、そのときはまだ見てみぬふりができるくらいだった。

ユウ君のことは、ちゃんと好きだった、と思う。

もともとは、わたしが勤めていたアートギャラリーで出会ったから、共通の話題も多かったし、趣味も似ていた。

センスが良くて、おしゃべりで、甘いものが大好きなユウ君といると、親友の女友達といるみたいな楽しさがあった。

でも、結婚したら、「夫婦として当然の次のステップ」だというように、子どもを早く産むことを求めてきた。

自分の母からも、義理の母からも、無言で、ときには直接に、圧を感じた。

結婚をしたのが33歳のときだったから、年齢的に子どもを意識してもおかしくなかった。けれど、わたしはどうしても、自分が子どもを産み、育てるイメージができなかった。

「人生を順当に進む」みたいな、そういう感じも、ものすごくいやだった。

自分でも、なぜそこまで抵抗を感じるのか、言葉にできなかった。その気持ちをユウ君に説明できなかったことも、きつかった。

自分の中で、見てみぬふりができないくらい「いやな感じ」が大きくなって、わたしはいよいよ離婚を切り出した。

離婚届はユウ君が出してくれた。家は、わたしが出ていくことにした。

引っ越しの荷物を運び終え、最後の別れのときに、ユウ君は言った。

 

「君は、ぼくと一緒にいて、心から笑っていたこと、一度もなかったよね。

君は最後まで、ぼくに心を開いてくれなかった」

 

わたしを責めるでもなく、なじるでもなく、ただ淡々と事実を伝えた、といったように。

わたしも、その言葉をただ静かに受け止めた。

でも、そんなつもりはなかった。

もしそうなら、一緒にいて「楽しい」と感じたあの時間は、なんだったんだ。

ユウ君のおしゃべりに「面白いね」と笑ったあの瞬間も、嘘だったということ?

母が言うように、子どもを産んでいれば、わたしの性格も表情もやわらかくなって、彼に心を開くことができたのだろうか。

そもそも、心を開くって、どういうことなんだろう。

 

この街で暮らし始めて、Naoさんと出会って、「休息しよう」と決めたのはいいが、休息の仕方がわからなかった。

朝起きて、歯も磨かず、布団の上でダラダラと過ごし、気づけば一日が終わる。

そんな日が数ヶ月続いた。東京に住んでいた頃は、一分一秒が惜しいくらい、朝から晩まで動きまわっていたのに。

苦しかった。

離婚したことも、仕事を辞めたことも、この街に引っ越してきたことも、何もかもが間違っていたのではないかと、自分を責めた。

ある朝、なぜだかふと、あの貼り紙のことを思い出した。

いつもはお昼過ぎまでダラダラとしているのに、その日は急いで身支度をして、直接保育所を訪ねてみた。

保育所の門の前で、おじいちゃんと呼ぶには失礼な気がする、でもかなりご高齢の、小柄で優しそうな男性が、ゆっくりとした動きで丁寧に掃き掃除をしていた。

わたしは、その男性に声をかけて、ここで働きたいと伝えた。

その男性は、わたしの目をじっと見たあと、にこりとして、

「あなたは、子どもたちの無邪気さを必要としているようですね。よろしければ、明日からいらしてください」

と、品のある穏やかな口調で、言った。

その男性は、園長先生だった。

翌日から、わたしは「星のこ」のスタッフになった。

 


 

(この物語はフィクションです。実在する場所が登場しますが、登場する人物・出来事は全て架空のものです)

kai 【かい】

セラピスト、アーティスト、文筆家。2011年よりスピリチュアル・カウンセラーとして活動(2020年に休止)。現在は鎌倉のショップを不定期で運営しながら、アート表現、執筆、講座などを行う。主な著書に『kaiのチャクラケアブック』(エムエム・ブックス=刊)、『自分を愛する本』(服部みれいとの共著 河出書房新社=刊)、『わたしがととのう毎日のチャクラケア』(服部みれいとの共著 徳間書店=刊)。また、2025年秋に発刊したライトノベル『PEACEFUL PLUOT PIE』(個人出版)は、この物語の前日譚である。
2026年6月11日に最新著書『10年周期 ハレとケの人生マップ』(エムエム・ブックス=刊)が発売。Spotifyで配信中のポッドキャスト番組「スピりラジオ」も人気

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