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kai

第3水曜更新
Magical Mayberry Muffins
Episode11 きらいな言葉は愛じゃなくて希望だった

by kai

 

◎前回までのあらすじ

アメリカから帰国し、湘南の町で暮らしているNaoの物語から、Naoの友人の物語にバトンタッチ。Episode 11からは、新しい主人公の物語が始まります。第二章のスタートです。

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5:55。
6:00にセットしたアラームのスイッチを切る。
今日も目覚まし時計に勝った。
天井を見る。
ぼーっと。
キュイーン、キュイーン。
ガビチョウの、面白い鳴き声がする。
ゴエッ、ゴエッ。
何度聞いても気持ちわるい、リスの変な鳴き声がする。
布団から手だけ伸ばして、指でベランダのガラス戸を少し開ける。
湿った風が部屋に流れ込んでくる。
ベランダの床には、マーブル模様の木漏れ日が見える。
晴れている。
えぇい、と勢いをつけて起き上がる。
立ち上がる。
伸びをぐーっと、する。
仕事の日の朝。

 

近所の保育所で、「保育補助」のアルバイトを始めて、二週間が過ぎた。
保育補助は、保育士さんのサポートをする仕事。保育士の資格がなくてもできる仕事。
かと言って、子ども達の面倒を見ないわけじゃない。オムツを替えることもあるし、子ども達を集めて絵本を読み聞かせることもある。一人でご飯が食べられない子のそばについて、ご飯を食べるお手伝いをすることもある。そうやって、割としっかりと子どもを見る時間が多い。
保育士さんが見きれないところを、手伝う。という感じの仕事。
出勤時間は7:00。
早足で向かえば、家から5分で着く。だから、これでもゆっくり起きられるほう。一時間以上かけて出勤する他の保育士さんは、大変だと思う。

 

身支度の時間は、わりかし早い。
というか、早くなった。
東京に住んでいた頃は、しっかりメイクして、しっかり着飾らないといけなかったから、支度にすごく時間がかかっていた。
街とか、人とか、肩書きとかに、負けないようにいないといけなかったから。
負けない自分になるための時間が必要だった。
湘南に移り住んですぐの頃は、東京での習慣が抜けていなくて、毎回しっかりメイクをして、しっかりアクセサリーもつけて、出かけていた。
あの日も、引っ越す前に買った新作のワンピースを着て、濃いめにアイラインを引いて、私は海に夕陽を見に行った。スニーカーもサンダルも持っていなかった私は、パンプスで砂浜を歩いていた。
「あなた、世界一、海が似合わない女ね」
突然話しかけられた人に、突然そんなことを言われた。
それが、Naoさんだった。
「あらやだ、あなた、近所に住んでるの? あたしてっきり、東京で戦い疲れた女が、ほんのひととき湘南の海に逃避行をして、自分のヒットポイントを回復しにきてるのかと思ったわ」
今の私は、そう見えているのか。
見透かされているみたいで、ドキッとした。
都会での生活に疲れて、東京という街から逃げたかった。
たしかにそうなのかもしれない。
でも、それだけじゃない。
もしそうだとしたら、きっと私は、自分自身に疲れていたし、自分自身から逃げたかったのだと思う。
東京という街がもつ、強くて大きななにかに負けないようにいる自分。
今にも切れそうな、張り詰めた糸みたいな自分。
そういう自分でいることが、もう限界だったのだと思う。
なのに、私はまだ、なにかと戦っているように見えているんだ。

 

「疲れているときは、まずは疲れていることを認めるのが最初。
そこから本当の意味で、人は休息することができるのよ。You know?」

 

「休息」という言葉を聞いて、最初に思い浮かんだのが、すっぴんでいることだった。
仕事が終わって、家に帰って、洗面台でクレンジングをベトベトに塗って、メイクを全部洗い流して、すっぴんになったときのあの解放感。あれが、私にとっての「休息」だと思った。
家に戻ったあと、私は棚の一番取りやすい場所に並べてあったメイク道具一式を、ゴミ袋にまとめた。「ここぞ」というときのためにとっておいた、めちゃくちゃ高価なリップやアイライナーは、Naoさんと次に会ったときにプレゼントした。案の定、ものすごく喜んでくれた。
私は、休息をするために、この街にきた。
そう自覚してから、私の朝の準備は、顔を洗って、化粧水をつけて、髪を梳かして結んで、終わり。5分もかからなくなった。

 

出勤したら、まずは園の周りの道の掃き掃除をする。
子ども達がつまづくような物が落ちていないか、点検しながら道を掃いていく。石ころが落ちていたら、近くの林に置いてくる。
パンプスでもヒールでもできない。新作のワンピースでもできない。とんがった爪でもできない仕事。
だから私は、すっぴんで、コンビニで買ったゴムで髪を結んで、Tシャツとジャージとスニーカーで、今日も出勤する。

 

今の私の勝負ごとと言えば、朝の目覚まし時計との戦いくらい。
まだ戦おうとする私を、この街が「どうどう」といさめてくれている。

 


(この物語はフィクションです。実在する場所が登場しますが、登場する人物・出来事は全て架空のものです)

kai 【かい】

セラピスト、アーティスト、文筆家。2011年よりスピリチュアル・カウンセラーとして活動(2020年に休止)。現在は鎌倉のショップを不定期で運営しながら、アート表現、執筆、講座などを行う。主な著書に『kaiのチャクラケアブック』(エムエム・ブックス=刊)、『自分を愛する本』(服部みれいとの共著 河出書房新社=刊)、『わたしがととのう毎日のチャクラケア』(服部みれいとの共著 徳間書店=刊)。また、2025年秋に発刊したライトノベル『PEACEFUL PLUOT PIE』(個人出版)は、この物語の前日譚である。
2026年6月11日に最新著書『10年周期 ハレとケの人生マップ』(エムエム・ブックス=刊)が発売。Spotifyで配信中のポッドキャスト番組「スピりラジオ」も人気

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