第3水曜更新
Magical Mayberry Muffins
Episode10 The universe keeps dancing perfectly

◎前回までのあらすじ
アメリカから帰国し、湘南の町で暮らすNao。彼はある女性と友人になったが、その女性は仕事が決まり、これまでのように気軽に会えなくなった。そして彼は……
もう、やんなっちゃう。洗濯物が湿気でぜんぜん乾かないんだもん。
だって見てよ、このワンピース。二日間も干したのに、まだウェッティなのよ。ほんと、湘南の夏の湿気って、海の中を泳いでいるみたい。
……うん、そうなの。まだ乾燥機付きの洗濯機に買い替えていないのよ。ほら、いつアメリカに戻るか、わからなかったでしょ。
でも、いいかげんもう買わなきゃね。もうすぐ4年になるもんね、この街にきて。
まぁ、たしかに湘南の夏はウェッティすぎるんだけど、やなことばかりじゃないのよ。
ほら、お肌の調子、良くなったと思わない? Berkeleyにいるときは、空気がドライすぎてお肌が砂漠化してたけど、ここではいつでもローション付けたてみたいなウェッティ肌になるから、そこはいいところよね。
あと、ちょうど今くらいの、サンセットタイムの空気も大好きよ。
一日中太陽の光を浴びた海水が風に混じって、夕暮れになると海の匂いが濃くなるの。その風を浴びていると、髪も服もウェッティになっちゃうんだけど、海にハグされているみたいで、安心する。
だって、この海はママそのものだから。You know?
「ママが死んだら、湘南の海にお骨を撒いてほしい」
ママが天国へ行っちゃう少し前、病室の窓から見える雲を目で追いかけながら、呟くようにママは言ったよね。
あたしに言っているというより、天に向かってお願いしているみたいに。
「海が好き」だなんて聞いたことはなかったし、なぜ湘南なのかもわからなかった。理由を知りたかったけど、あの頃のママはもう会話があまりできなくなっていたから、あたしは何も聞かなかった。
ママが亡くなって、あたしはママのお願いどおりに、湘南の海に散骨した。
ねぇ、ママ。
あたし、湘南の街、好きよ。
だって、海を見るたびに、ママとお話できるんだもん。ママがいるところに戻ってこられて、こうしてママと毎日会えて、あたし、すごくハッピーよ。
でもね……。
前にママに話した……そうそう、最近仲良くしていたあの子。お互いヒマだったからよく会ってたんだけど、彼女、仕事が決まって、これから忙しくなるんだって。
パパとグッバイして、Jackともグッバイして、サクラさんともグッバイして。せっかくできた友達とも気軽に会いづらくなっちゃって。
あたし、またひとりになっちゃった。
……Sorry!
そうよね、ひとりじゃないわよね! ママが近くにいるもんね。
……でもね、ママ。
こうしてこころの中でお話することはできるけど、やっぱりママの声をちゃんと聞きたいって、思ったりするよ。
顔に似合わないあの低音ボイスを、ちゃんとこの耳で聞きたいなって。
ねぇ、ママ。
ママの声が聞きたいよ。
ママとちゃんとハグしたいよ。
ママの匂い、もう忘れちゃいそうだよ。
天国って、遠すぎるよ。ママ。
あぁ、もう。ほんと、やんなっちゃう。
今日はいつもより湿度が高いのね。ウェッティな気分になっちゃう。メイクが崩れちゃった。
でも、ちょっとだけ気持ちがスッキリした。
うん。
ママ、あたし、決めたわ。
お休みしてた仕事、リスタートしようと思う。
今なら、もう一度始められる気がする。友達の仕事が決まったことは、あたしの充電がフルになったっていうサインなんだと思う。
……なんて。またすぐにお休みしちゃうかもしれないけど。
でも、そのときはそのとき。だって、「全ては完璧」なんだもんね。
どんなことが起こっても、全て完璧。
ママの口癖、すっかりうつっちゃった。
ママの病気がわかったとき、ママはあたしにこう言ったよね。
「全て完璧なのよ」って。
そしてママは、こう続けたね。
「Nao。わたし達がいるこの世界はね、地球からは見えないほど遠いところにいる、神様とか天使様とかそういうすごい人達が、ものすごく考えて、完璧に作り上げたものなの。
この世界で起こるどんな小さな出来ごとも、これ以上ないくらい完璧なタイミングで起こるよう、ちゃんと準備されているのよ。
だけど、わたし達には、その完璧さがわからないことがある。
好きなことをして好きな人に囲まれて、自由気ままに生きてきたこのママが、どうして病気になったのか、ママにはわからない。あなたと同じように、今は動揺しているわ。
生きているとね、ときに人は、こういう謎みたいなものにぶち当たることがある。
でも、謎が解ける瞬間は、やがて訪れる。
その瞬間がいつになるのかはわからない。明日かもしれないし、ずっと先かもしれない。
それでも、病気になったことの意味がわかるときは、きっとやってくるわ。
そのとき、この世界の全てに「ありがとう」って思えるようになる。
こころの底から、本当の本当に、感謝することができる。
それが、わたし達にとっての成長なの。
人生に仕掛けられたいくつかの謎は、遠いところにいるすごい人達が、わたし達の成長のためにって考えて与えてくれた、愛のギフトなのよ。
わかるわね、Nao」
ママ。
天国に行って、その謎は無事に解けた?
あたしは、まだ解けないままよ。
こうして思っていたよりずっと長く日本にいる謎も、天使すぎるあたしにパートナーができない謎も、全部の謎が解けるのは、もう少し先になりそう。
それでも、歩き出してみようと思うわ。
この世界の完璧さを信じて。
でもその前に。家電ストアーへ行って、乾燥機付き洗濯機を探さないと、だね。
ウェッティすぎる日々とは、もうグッバイしなきゃ。
Thank you, Mom.
I love you, Mom.
See you soon……!
☆次回より新章がスタートします!
(この物語はフィクションです。実在する場所が登場しますが、登場する人物・出来事は全て架空のものです)

セラピスト、アーティスト、文筆家。2011年よりスピリチュアル・カウンセラーとして活動(2020年に休止)。現在は鎌倉のショップを不定期で運営しながら、アート表現、執筆、講座などを行う。主な著書に『kaiのチャクラケアブック』(エムエム・ブックス=刊)、『自分を愛する本』(服部みれいとの共著 河出書房新社=刊)、『わたしがととのう毎日のチャクラケア』(服部みれいとの共著 徳間書店=刊)。また、2025年秋に発刊したライトノベル『PEACEFUL PLUOT PIE』(個人出版)は、この物語の前日譚である。
2026年6月11日に最新著書『10年周期 ハレとケの人生マップ』(エムエム・ブックス=刊)が発売。Spotifyで配信中のポッドキャスト番組「スピりラジオ」も人気
Instagram:@k_a_i_dodo
