うた・こえ・からだをひらく
感応閑話
第18話 身のよるべなさとダンス白州の衝撃 中編

2003年の「ダンス白州」は毎日のように雨が降った年でした。だいたい平日の午後は、グラスハウス、土の舞台、竹の舞台、森の舞台、キャンプサイトが広がるメイン会場の栗林、そこから離れた畑や田んぼも、竹林や用水路も、その日その日に選ばれた舞台となり、踊り手が一人ずつ、あるいは一組ずつ踊って、計4回の踊り場がそこに展開するのでした。白昼にその場に立ち会う者は、傘をさしたり、まるで蛙になったかのようにじっと雨にうたれながら、どこから現れるとも、どこへゆくとも、どうなるともしれないダンサーたちの行く末を一人ひとり見守るのですが、今にして思えば、その場に立ち会うわたしたちもまたダンスの一部なのでした。
土手を転がっていった踊り手がそのまま視界から消えて、こちらに再び来ないことを悟ると、わたしたちは土手の向こうへぞろぞろと移動するほかなかったり、ちょっとしたざわめきに目を向けると見わたすかぎりの田んぼの彼方から踊り手が現れていることに気づかされたり、そもそもその踊り場をどこから見るのかも、観衆の群れにひきよせられながらも、どこからでも眺められるわけです。わたし、あるいはわたしたちが、その場や踊り手とどのような立ち位置や状態で関わるかが、踊りの風景を生み、つくり出し、変化させてしまうことについては、あとから何度となく考えさせられるものでした。
こうした場踊り、パフォーマンスとも呼ばれるものに慣れてきたとき、退屈しているのか何かが起こりうるのかもわからないなかで、視界の中心たる踊り手から意識が遠くなったときに、軽トラが通ったり、高齢の行方不明者を知らせる地区放送などが鳴り響いたりすると、白州の日常が踊り手をむしばんでいるのか、踊り手がつくりだした空間、皮膚、息づかいが、白州の土地に染み出し、広がっているのかもわからなくなっていくのでした。
この野天では、ダンサーも自己主張や意図では太刀打ちできず、それこそ雨にひたすらからだをさらしてから竹林のなかで戯れたり、アスファルトの農道の上で直射日光にだらだらと汗を噴き出させながら、うまく逆立ちができずに逆立ちを繰り返していることで立ちあがってくる場と人との相互浸透、風景への息の長い侵犯があるのであり、その時間の積み重ねから、からだの暗い内側を不意にのぞいたような、時間の矢を横から見通したような衝撃を受けるのでした。
どこからどこまでがダンスなのか
そして、踊っている途中で土砂降りになり、踊りが終わったとたんに雨があがって山々に霧が立ったり、突如として日が差して、草露すべてをきらめかせたりすると、踊りが終わるとはいったいなんなんだろう、とまた考えこまざるを得ないのでした。すべてが今、また踊りはじめたではないか……。どうやら踊り手には世界の認識を広げたり、日々曇っていく認知をあらためさせるような身体知性が宿っているのだということでした。ここでのダンサーは、人にはありえない動きをするとか、誰よりもはるか高くに飛ぶとか、浮いているように動くといった、舞踊が伝統的にもっている美や錯視、運動能力としての芸を披露するのではなく、見守るわたしたちですら、だれしもが踊りの主体であることを前提に、ダンサーそれぞれがもつ身体言語を駆使して、わたしたちを認知の境界に立たせ、ともに感覚の壁を越えてゆくための身の捧げ手、代理人のようなのです。
わたしたちが、先に細胞をこわし、無数の屍体(したい)をはらみ、排出しながらしか、新しい細胞を作ることができないように、踊り手と生み出すコミュニケーションは、その動的平衡(『新版 動的平衡: 生命はなぜそこに宿るのか』福岡伸一=著 小学館新書)を他者から風景にまで広げながら、それぞれが違った形で受け取るダンサブルな群れを発生させます。
であるならば、なぜわたしたちは踊るのだろう? という問いには、大地に生きるヒトのサバイバル術ではなかっただろうか、という気がしてくるのです。狩猟採集と自然の動向の結びつきへの傾注、天敵や他部族とのやりとりをどのように収め、また仲間にシェアしていくのか、そして、また食べものを求めて移動し続けるには、認知や感覚を常にあらためつづけなければ生き残ることが、むずかしかったでしょう。
そのような現場では、ことばを超躍した柔軟なふるまいと、身体をトレースしあうようなダンスがイコールであった時代があったのではないでしょうか。現代、わたしたちがイメージする一つの形式、型をもった世界中のダンスは、そうしたことを伝えてきた記号の堆積であり、言語であり、歴史的情報なのかもしれません。
「ダンス白州」の挑戦は、こうした形式の記憶に敬意を表しつつ、現行の行き詰まりを見せる社会システムにからめとられることのないよう、ふたたび身体の記憶に立ち戻って、白州という土地から、この「身体知」を探っている挑戦をしていたのだとわたしには思えます。そして、それは白州でなくとも、今も各地、各個人のからだで続いているのでしょう。

1983年香川県生まれ、トランス・ナヴィゲーター。3児の父。幼少より郷土芸能に親しみ、日本各地の神事芸能や現代舞台芸術に足を運ぶ。2010年より岐阜県郡上を拠点に、わらべうた、作業唄、踊り唄、祝い唄の採集と伝承をライフワークとし、民謡バンド「GUNSOKAI」として活動。2020年より、声・うた・からだの探究と感応を促す「トランスワーク」を開発、各地でWSを開催。近年は、山伏修行もつとめ「山伏鵺(ぬえ)神楽」などの創造的奉納に励む。「源流遊行」(長良川カンパニー)、クラフトアパレル「ODORIGI」など、土地と人の関係をとらえなおす企画やメディア編集、ブランディングも行う。2025年5月に編集長として制作したzine『源流遊行MANUAL』vol.1を発行。
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