Magical Mayberry Muffins
Episode8 Between Vega and Altair

◎前回までのあらすじ
アメリカから帰国し、湘南の町で暮らすNao。彼は砂浜で一人の女性と友人になり、頻繁に会うようになった。この日もおしゃべりを楽しむNaoと彼女。やがてNaoの父の話になり……。
Episode7をみる
あたしにとって、パパは足長おじさんみたいな人だったわ。
一度も会ったことはなかったし、写真を見せてもらったことさえなかったけれど、あたしの誕生日には、パパは必ずプレゼントを送ってくれた。ある年は持ち手がエレガントな手鏡だったり、またある年は高級そうな馬の毛のヘアブラシだったり。それがまた、あたしの乙女心をくすぐるセンス抜群のセレクトでね。そのときのマイブームとか欲しがってるものとかを、こっそりママにリサーチしていたのかもしれないわ。
箱に貼ってあった送り状には差出人の住所も電話番号もなくて、ほんとマボロシ〜ッて感じのパパだったけど、プレゼントにはいつも直筆の手紙が添えられていた。
「お誕生日おめでとう。今年も祝ってあげられず、ごめんなさい。幸せに過ごしてください。父より」
手紙には、男の人が書いたって感じの四角くて真面目な文字で、いつも同じ言葉が書かれていた。
姿は見えないけれど、この世界のどこかにパパが存在している。毎年送られてくるプレゼントと手紙が、そのことをたしかなものとしてくれた。
そんなふうに、パパにはずっと会えなかったけど、子どもの頃は、それが普通のことじゃないなんて知らなかったのよ。物心ついたときからそうだったし、ほら、あたし、途中から学校にもあまり行かなくなったでしょ。だから、周りの子と比べることができなかったのね。
なぜパパが家にいないのか。なぜパパと会えないのか。ママはその理由を話すことはなかった。そのかわり、パパと出会った頃のエピソードは、いつもしつこいくらいに話してくれた。
ママがパパと初めて会ったのは、ママがお菓子作りを学びにパリへ留学していたとき。
学校からの帰り道、信号待ちをしていたママがスリの被害に遭いそうになっていたのを見つけて、そのスリを追い払って助けてくれたのが、パパだった。ママはその時のことを、昨日のことのように、何度も何度も話してくれた。目をキラキラさせながら。
出張でパリに来ていたパパとは、それ以来、パパがパリを訪れるたび、会うようになった。
パパはいつもニコニコしていて、穏やかで、フランス語も英語も堪能で、物知りで、でも格好つけてなくて、ユーモアがあって、ママをよく笑わせた。しかも、純日本人なのに、Jude Lawにそっくりなハンサムガイだったんだって。そんなパーフェクト・マン、ほんとに実在する? って、いつも半信半疑でママの話を聞いていたんだけど、ママったらパパの話をしだすと、あんたは恋する女子高生かってくらいはしゃぐのよ。ママは今もパパのことが好きなんだな、それだけはほんとのことなんだな、って思ったわ。
あたしがパパと対面したのは、ママのお葬式の日だった。
足長おじさんでもマボロシ〜でもないリアルなパパは、あたしが想像していたよりもナイスガイだった。背が高くて、スタイルも姿勢も良くて、どこか品があって、知的な雰囲気で。顔も、薄目で見たらJude Lawに見えなくもなかったかしら。……いや、そこだけはママのラブフィルターがかかりすぎていたかもね。でも、そこらへんのおじさんより、ずっとスマートで格好良かった。
パパはあたしに会うなり、頭を下げて「今まですまなかった」と言った。
あたしは、顔を上げられないでいるパパの白髪混じりの頭を、ただ眺めていた。頭の形がきれいで、あたしの頭の形のきれいさはこの人に似たんだな、なんて思いながら。
それから、パパは全てを話してくれた。
パパに家庭があること。子どもがふたりいること(双子だって言ってた)。結婚していながら、ママを好きになったこと。ママはパパが結婚していたことを知っていたこと。妊娠したことを知ったママは、一人で産み、育てることを決めたこと。そして産む代わりにパパと今後会わないことを決めたこと。パパは奥さんと別れてママと一緒になると言ったけれど、ママの決意は揺るがなかったこと。
パパから聞くあたしの知らないママは、あたしの知っているママそのものだった。パパが話してくれたエピソードはどれも、ママならそうするだろうな、と思うものばかりだった。
大きな肩を震わせながら、パパは何度も、すまなかった、すまなかった、とあたしに謝った。
あたしは何も言わず、パパを抱きしめた。パパの服から、柔軟剤のキツい匂いがした。これがパパの家庭の匂いか、って思った。ママならこの柔軟剤は絶対に選ばないだろうな、って。
パパとはそれっきり。
これからもきっと、会うことはないわ。
一年に一度、ベガとアルタイルが近づく七月七日の夜、あたしは生まれた。
ママとパパは、ベガとアルタイルみたいな、織姫と彦星みたいな、そういう関係だったんだと思う。
あたしが七月七日に生まれたとき、ママは全てを理解したんだと思う。そして、全てを受け入れたんだと思う。この宇宙が用意した、完璧なシナリオを。そういうものを、人は運命と呼ぶのね。
運命を受け入れた人は、光を放つ。魂が、強く輝く。
Mama shined like Vega.
ママは、ベガのように輝いていたわ。最後の一瞬まで。強く、でも儚く。
ねぇ、知ってる? 七夕の夜空に浮かぶ大三角形のこと。
ベガとアルタイル、そしてデネブという星で三角形ができているんだけど、デネブって、星の世界では白鳥だって言われているの。
ベガとアルタイルのあいだを華麗に舞う白鳥。
そう思うと、デネブってまさにあたしって感じだと思わない?
(この物語はフィクションです。実在する場所が登場しますが、登場する人物・出来事は全て架空のものです)

セラピスト、アーティスト、文筆家。2011年よりスピリチュアル・カウンセラーとして活動(2020年に休止)。現在は鎌倉のショップを不定期で運営しながら、アート表現、執筆、講座などを行う。主な著書に『kaiのチャクラケアブック』(エムエム・ブックス=刊)、『自分を愛する本』(服部みれいとの共著 河出書房新社=刊)、『わたしがととのう毎日のチャクラケア』(服部みれいとの共著 徳間書店=刊)。また、2025年秋に発刊したライトノベル『PEACEFUL PLUOT PIE』(個人出版)は、この物語の前日譚である。
2026年6月11日に最新著書『10年周期 ハレとケの人生マップ』(エムエム・ブックス=刊)が発売。6月から、みれい☆かるちゃ~☆すく~るで第1チャクラ講座を開催。Spotifyで配信中のポッドキャスト番組「スピりラジオ」も人気
Instagram:@k_a_i_dodo
