うた・こえ・からだをひらく
感応閑話
第17話 裸のからだを越えて 後編――毛を捨てることを決めた覚悟の先に

剃毛する前の20歳のわたし
ストリップショーと前後して、からだの内側がむきだしになるような「はだか」をもとめて路上に立つようになっていました。見られるということを意識した、他者の視点とのあいだで生まれる「はだか」を求めていたのだと思います。
路上といっても、大阪のアメリカ村にある三角公園や、京都の円山公園、三宮のパイ山(旧さんきた広場)など、人通りが物凄くあるが、立ち止まることのできる場所を選んでいました。ただ立ち続けていては誰の目にもとまらないような、ところがもし何かが違うということに気づかれてしまえば、一瞬にして舞台として成立してしまうようなところでもありました。
意外にもというべきか、飛んだり跳ねたり、やたら微速になってゆくふるまいを見せると、いつも人だかりができていました。20年前は、今ほど携帯電話で撮ろうとする人がおらず、見るほうに大変な集中力がありました。だからこそ、わたしもからだをさらすことに徹底的に集中することができたのです。また、路上で歌をうたう人はいても、そんなふうにして立つ人は見かけませんでした。
警官に隠されるからだ
そうして、その場はいつも警察官の登場で終わることになります。彼らはずいぶん手慣れていて、わたしが裸の場合は毛布やシーツのような布でさっとくるんでパトカーに押し込んで、交番か署まで連行しようとします。わたしのいいぶんは、おれは裸じゃない、ガムテープで包んであるじゃないか、もしくは、着替えがあるから取りに行かせてくれ、というもので、ただの職質に持ち込もうとするのでした。ガムテープ以外にも、もう一つの皮膚として、紺色の雨合羽(あまがっぱ)でもやっていました。
雨合羽で踊っているとガムテープと同じく、蒸れるせいでしとどに汗が出るので気に入っていたのです。雨合羽には、その機能から、かつて三度笠(さんどがさ)に蓑(みの)や合羽で旅をしながら芸を披露した放浪芸人・渡世人(とせいにん)のおもかげがありますが、こちらは袖口、足元の裾から、雨もふらないのに汗が流れてくるので、顔、からだじゅうから吹き出るぬらぬらとしたそれが、見るものと見られるものを侵犯しあうような、もう一つの皮膚をつくっていくところが、スリリングでした。
それでも、時折寒いかのようにふるえたり、うまく立ったりすわったりできていないような、痙攣(けいれん)的な動きとなると、今度は大丈夫ですか、救急車を呼びましょうか、と声をかけられたり、あるいはクスリをやっているのかと勘違いされて、通報されてしまうのでした。そういうときは、日常を異化しているようで、日常にすでにある変異に組み入れられてしまい、何かがそこで湧いて生まれなおしているような、場そのものが踊っているような、はだかにされたような事態にはいたっていなかったのでしょう。
さて、やはりしばらくして駆けつけた警察官にいいわけしたり説明するのも飽きてきたころには思い切って逃走してみました。円山公園から京都祇園の小道細道を抜ければかわせるとたかをくくっていたら、無線をつかった10人くらいのポリスマンに前後を囲まれてしまいこれぞ袋小路、あえなくからめとられました。むしろ人混みのある大通りに逃げたほうがよかったのでしょう。
追われた先でつむがれる異空間
そこで職質をはじめた警官が、無線で放った言葉は印象的でした。「井戸のイ、野原のノ、宇宙のウ、絵馬のエ」とわたしの名前のフリガナを口頭で照会しているのです。突然、詩でもよみはじめたのかと思うくらい、消えた踊り場から逃げた先で出会った、井戸、野原、宇宙、絵馬には、思わぬ爽快感と心当たりがありました。なるほど、これは5世紀あたりに登場した、大和言葉の一音一音に漢字を当てた万葉仮名を、さかしまに演じているのです。つまり万葉仮名風にいうと、わたしの苗字は、「井野宇絵(いのうえ)」になるというわけです。しかしそうやってわたしの名前をいくら照会しても、(残念ながら?)わたしには前科がついていないのでした。
最終的には、お決まりのポケットや手荷物の検査をされるのですが、前編で紹介したガムテープ以外に、わたしは当時住んでいた大阪から、いつもラップで握ったおむすびをもって出てきていましたので、おむすびを食べ終わったそのラップがあやしいと思われるのも無理はありません。どういう道具を使ったのかわかりませんが、それらしい反応が何も出てこなかったのでしょう。わたしを取り巻く警官から離れたところのパトカーのそばに、現場担当リーダーなのでしょうか、絵にかいたようなチンピラ風の私服警官がおり、逐一報告をうけていましたが、一度も目を合わせることなく、わたしは無罪放免となりました。
そういえば、こどものころ、追いかけられる夢をよく見たものです。わたしは決まって、2、3メートルはあろうかというぼやけた裸の女性が、巨大な針と糸をもって迫ってくるという夢です。ふりかえるとその女性はこちらをうかがって動かないのですが、逃げると追ってきているのです。こんなおそろしい夢も、目覚めてしまうと何でもなくなってしまうのは、踊り場での警察の登場とよく似ています。
縫いとじられる身体の夢
追われる夢、その強迫観念は、大型動物や中型動物に寝込みをおそわれ続けた先史時代の人類の記憶なのではないかとうたぐっているのですが、針と糸というのは、どういう暗示だったのでしょうか。縫うといういとなみも同じくらい古いもので、わたしはフランスの先史考古博物館で見事な再現映像を見たことがあります。細長く切り取った動物の骨を石の上でひたすらころがしながらニードルに研磨し、細かい突起がついた三角の小さな石器でその針にコリコリと穴をあけ、やはり動物からとった腱をとおし、なめした皮を縫いつくろったり、モカシンをつくったりするものです。
草木や樹皮などの布を織ることを見つけるまで、いったいそれを何万年と続けたのでしょうか。まとっていた毛を捨て、また動物の毛皮を着るとは、人間が今もいとなむ最大の矛盾ではないでしょうか。寒冷化と温暖化のなかでつちかわれた知恵なのでしょうが、熱帯地方でないかぎり、この文明社会であるかぎり、今も裸で投げ出されたからだには、何かに追い立てられてとりつくろうこともできない事態が迫っています。その一方で、わたしたちが毛を捨てることを決めた覚悟の先には、あらたな皮膚をつくろい続けるための繊細な好奇心が何万年もの時空をかかえて生々しくひろがっているはずです。
何かそれと見えないものに追われながら、裸をこえて、動きをこえて、この皮膚をどこまでも縫いなおそうとするからだの欲動、からだの夢をなかったことのように隠そうとするルールや警察のような社会システムの膜は、つい最近の、にわか仕込みのものにすぎませんが、「井野宇絵」といわざるをえない万葉のロゴスや、路上での見る・見られるから生まれる、それぞれの網膜や皮膚をジッパーで綴じあわせていくような、じりじりとしたかさなりは、はるか昔や見知らぬ他者にざらりとふれるほどのひろがりを確かにもっているのです。

1983年香川県生まれ、トランス・ナヴィゲーター。3児の父。幼少より郷土芸能に親しみ、日本各地の神事芸能や現代舞台芸術に足を運ぶ。2010年より岐阜県郡上を拠点に、わらべうた、作業唄、踊り唄、祝い唄の採集と伝承をライフワークとし、民謡バンド「GUNSOKAI」として活動。2020年より、声・うた・からだの探究と感応を促す「トランスワーク」を開発、各地でWSを開催。近年は、山伏修行もつとめ「山伏鵺(ぬえ)神楽」などの創造的奉納に励む。「源流遊行」(長良川カンパニー)、クラフトアパレル「ODORIGI」など、土地と人の関係をとらえなおす企画やメディア編集、ブランディングも行う。2025年5月に編集長として制作したzine『源流遊行MANUAL』vol.1を発行。
インスタグラム https://www.instagram.com/hierotix
YouTube https://youtu.be/a1wsc91rT8E
源流遊行HP https://genryu-yugyo.com
