うた・こえ・からだをひらく
感応閑話
第12話 和歌を“詠む”から“うたう”遊びへ(後編)

そもそも和歌をうたっていた平安時代
ところで、和歌をうたってみる前に、すでに平安時代には「披講(ひこう)」「朗詠(ろうえい)」「催馬楽(さいばら)」という声に出して和歌をうたったり、一緒に楽器を奏でることで音楽的に味わう多様な世界が、貴族のあいだに生まれていました。
「披講」は今も続く皇室行事「宮中歌会始(きゅうちゅううたかいはじめ)」にあるとおり、定められた節、調子をもち、儀礼的なものです。平安末期から鎌倉時代を象徴する唯美的な歌人といってよい藤原定家(ふじわらのていか)も披講の講師をつとめており、彼の作歌と響きとしての歌は、緻密に結びついていたことをうかがわせます。それは一見、凡庸に感じられる和歌でも、うたってみるとまるで現れる世界が違うことからもわかるものです。
「朗詠」は、漢詩や和歌といった当時の流行歌に雅楽の節をつけて、宴席や歌会などでうたわれており、よりうたを深く味わい楽しむ自由度の高いものとしての響きが伝わってくるものです。ちなみに明治時代に作曲、編曲された国歌の「君が代」も、もともとは『古今和歌集』の詠み人知らずの和歌が朗詠に供されてきたものを踏まえたものです。
「催馬楽」は、民謡の馬子唄(まごうた)から起こったものといわれていますが、こちらも和歌に雅楽風の節をつけてうたったもので、朗詠と同じく1人でうたった後、一斉にうたう唱和があったり、雅楽における楽器をともに奏でたりと音楽性が高く、当時は多様なアプローチで和歌の景色を立ち上げることに没頭した時代があったことが、この3つのジャンルから想像することができます。
近代、あるいは現代短歌においては、声に出してうたうということは失われて久しいですが、宮内庁御用係として時の天皇や皇太子妃殿下へ作歌指南役をつとめた歌人の岡野弘彦さんが郡上へいらしたときに、和歌はそもそも声に出してうたうものである、という点で僭越ながら意気投合し、それを聞いた教育委員会によって、郡上の小中学校の授業に取り入れられたことがありました。それについては後にふれますが、もしかすると、私たちは和歌の世界を、うた・こえ・からだで堪能してこなかったせいで、詠み書きにとどまり、響きの醍醐味を知らないままきているのかもしれません。
口ずさむ私という現象は
さて、私はというと手前勝手に節をつけて和歌をうたっているわけなのですが、これは少なからず、能の謡(うたい)をたしなんでいたこと、唄い手の桃山晴衣さんによる平安末期の今様(いまよう:当時の流行歌であり古い様に対しての今の様をいう)の蘇生というアプローチに感化されたこと、プログレッシブな即興演奏にすら聞こえる古浄瑠璃などもよく聞いていたことなどが清水のように染みわたっていたからで、ふとしたときに、ついつい「一人来て〜二人連れ立つ〜」(地歌『鳥辺山』)とか、「春の初めのうたまくら〜」(今様『梁塵秘抄』)、「や〜らや〜らめでたや〜」(狂言『松囃子』)などと声に出してうなりたくなる、という呼吸衝動、声の整体のようなものが影響しているのだと思います。
それが常になると、未知の和歌や古い詞章(ししょう:詩歌や文章などの総称)を目にしても、どのようにうたうか、語るかということにからだが向く他、仲春に過ぎ去った冬を想ったかと思えば、真夏にやがてきたる秋を憂うというような微分的な「私」は、それをうたうことによってしか、その移り気な状態、「もののあはれ」をうまく表せない、という感じがしてくるのです。
これを別の言葉で言えば「なつかしい」「なつかしさ」ということだと思います。「なつかしい」の語源は「なつく」からきているそうなのですが、過去未来を問わず心身が季節や風景になついてしまうことこそ、和歌をうたうことの本懐でしょう。そういう意味では、和歌とはこの日本列島における風景、それも非時(ときじく:時間を超越して、時を選ばず)のなつかしさのことなのかもしれません。
声と風景の啐啄でうたう
では実際にどのように、前編でご紹介した「ふる雪は」をうたってきたのでしょうか。理想は、声と風景の啐啄(そったく)です。啐啄とは、卵からかえる雛が内側から殻をつつくのと、親鳥が外側から殻をつつくのが絶妙に同時であるという禅語ですが、声になることと、風景がかたちづくられることが互いの感応によって起きてくるタイミングに、えもいわれぬ味わいがあります。
〈録音〉ふる雪はかつぞ消ぬらしあしひきの 山のたぎつ瀬音まさるなり
初句の五音は、初めてこの歌を聞く人に想像してもらえるよう、同じ調子(音程)でしんしんとした雪景色をスクリーンのように広げるのですが、「は」の母音である「ア」をさらに三節たっぷりとることで、急ぐことなく、せかすことなく、聞く人を、場所をもてなします。同じ調子のなかで音がゆれるのは、実際に風にふかれてゆらぐ雪の「ユ」の母音のみです。またそのゆらぎには、「フユ」という音と、「フるユき」という韻、そして「フルユ」というウ母音の連打が、通奏低音のように響きあっていることも意識いたします。
二句の「かつぞ消ぬらし」は、みごとに雪が消え果ててゆくさまをなぞるように、天空から大地へと音が降りてゆきます。「らし」にいたっては、消えゆく雪をしめすべく、うたう人にとっても出るか出ぬかの最も低い音へと降りるのです。
そして、「あしひきの」は、次なる「山」にむかって、頭をもたげるように、音程が頭から戻りますが、「き」の音で山の稜線のゆらぎが生まれます。そして「山」には必ず頂上があり、歌の調子もそのピークを「の」で迎えると、視点は一気に山のなかの「たぎつ瀬」へ吸い込まれていきます。水が打ち跳ね、落下する「たぎつ」、水平的な流れに落ち着く「せ」で、結句をむかえます。
「音まさるなり」の「お」は、外にあふれる低く力強い水底の音ですが、「と」は、口から背後に抜いてくるように、雪の静けさに向けてうたいます。たぎつ瀬の賑やかさと、冬の雪の無音という、二つの音の場への陶酔と自覚ゆえに「まさるなり」は、優しくあたたかに詠じます。そして冒頭の「ふる雪」を想起して「る」の音だけが揺らぐのです。
うたの海で呼吸する
このように和歌は、それを声に出してうたうことで眼前にはない風景を立ち上げ、かつその景色の粒子、波をどこまでも打ちとよめかせる可能性をもっています。目で詠むだけではない、うたうという呼吸から和歌をとりもどすことは、和歌の海にただよいながら、私たちのからだや感覚を漉きなおすようないとなみであり、この世、この時空、この瞬間の生まれ変わりに立ち会っているともいえるのです。
ちょうどコロナ禍のときに、郡上市の各町村の小中学校で3年間、短歌をうたうという授業を行いました。中世の郡上を約300年間治めた東氏は、代々歌道にすぐれ、古今伝授(こきんでんじゅ:『古今和歌集』の解釈を師から弟子へ秘伝として伝授すること)をなした一族ということで大変に有名なのですが、その居城があった郡上市大和町を中心に、郡上では短歌を詠むこと、また短歌教育が盛んです。
ただ、うたことについては、こどもたちは、ドレミ(平均律)やリズムを一定に合わせる音楽教育を受けていますから、人それぞれ音程が違ってもいい、あるいはずっと同じ音程で、もしくは言葉に即した音質でうたってみようとか、リズムではなく風景が立ち上がってくる間を感じてうたう、といったことは新鮮だったようで、まるでお経でも唱えるように、あるいはわらべうたをうたうように、めいめいが好き好きにうなったりして楽しみました。さすが遊びの名人たちです。
一方で私が開いているトランスワークに来てくださる大人にとっては、「地声がわからない」「そもそも声が出ない」という悩みや、「(下)丹田を感じたい」「肚から声を出したい」といった願いがありますから、母音によるこえ・響きのワークで発声そのものをほどき、朗詠がもつ意図をもった響きや、風景をうたうという必然性によって、その悩みをとかし、願いを声にかえしてゆきます。
さらには、この和歌を“うたう”という遊びは、和歌への眼差しがまったく違ったものになるだけでなく、内側にひらかれた世界への自由と、外的世界へのなつかしさをとけあわせるという、生きること、うたうことの根源にふれるものではないでしょうか。ぜひ、皆さんともうたう場をともにしたいものです。
連載内でご紹介した響きの世界が「トランスワーク」で体験できます!
丹田・母音・響きを味わう!
自分の中の自然と外なる自然を統合する
トランスワーク@エムエム・ブックスみの
■初級編(起居と丹田のワーク)*3回連続・「入門編」の受講が必要です
4/18(土)、5/9(土)、6/13(土)それぞれ10時~12時
参加費:18000円(全3回分)
■中級編(響きと和歌のワーク)*3回連続・「入門編」の受講が必要です
4/18(土)、5/9(土)、6/13(土)それぞれ13時30分~15時30分
参加費:24000円(全3回分)
〇各クラスの詳細・お申込み
https://mmbooks-eventandschool.square.site

1983年香川県生まれ、トランス・ナヴィゲーター。3児の父。幼少より郷土芸能に親しみ、日本各地の神事芸能や現代舞台芸術に足を運ぶ。2010年より岐阜県郡上を拠点に、わらべうた、作業唄、踊り唄、祝い唄の採集と伝承をライフワークとし、民謡バンド「GUNSOKAI」として活動。2020年より、声・うた・からだの探究と感応を促す「トランスワーク」を開発、各地でWSを開催。近年は、山伏修行もつとめ「山伏鵺(ぬえ)神楽」などの創造的奉納に励む。「源流遊行」(長良川カンパニー)、クラフトアパレル「ODORIGI」など、土地と人の関係をとらえなおす企画やメディア編集、ブランディングも行う。2025年5月に編集長として制作したzine『源流遊行MANUAL』vol.1を発行。
インスタグラム https://www.instagram.com/hierotix
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源流遊行HP https://genryu-yugyo.com
