土曜更新
うた・こえ・からだをひらく
感応閑話
第12話 和歌を“詠む”から“うたう”遊びへ(前編)

冬の歌か春の歌か
今年は雪どけが早かったものの、旧正月を過ぎてもまだ朝晩の寒さが厳しく、残雪もとけたり凍ったりを繰り返すころ、田んぼの土手や砂利がまじるような陰地で蕗の薹(ふきのとう)のつぼみが顔を出しはじめます。それをひたすら摘んで蕗味噌(ふきみそ)をつくり、三月のあいだずっとご飯の連れとして食べるうちに、戸外のほうがぽかぽかとしてくる日がふえてきます。やがて蕗の花が咲いて薹(とう)が立ちはじめると、だし抜くように一気に梅が満開となり、今度は桜や桃の蕾がふくらみだし、樹々の芽生えのせいで、山々が薄紫にけぶってくるのです。
そのあたたかさのせいで、こどもらに口やかましく言っていた建具の開け閉てにも無頓着となり、掃き出しや玄関を開けたままにしていても構わないようになると鶯(うぐいす)が啼きはじめ、雪柳やれんぎょうが一斉に花開いていることを告げるのです。こうして私たちのからだもようやくほどけたようになり、腰から野につられるように、いのちが張り出す勢いというものが生まれてくると、ほんとうの春のはじまりです。
さて、ずいぶん前に『古今和歌集』をぱらぱらとめくっていたら、そのようなほとばしる音、勢いがどうどうと聞こえてきた短歌がありました。
ふる雪はかつぞ消ぬらしあしひきの
山のたぎつ瀬 音まさるなり(『古今和歌集』詠み人知らず)
直訳:
ふる雪は、次から次へと、あっという間に消えているようだ。
「ふる雪は」ではじまるのですから冬の歌かと思うのですが、続く二句の「かつぞ消ぬらし」で、消えてしまったようだ、という想像の景色に移りかわります。これはいつのことなのでしょうか。
「かつぞ」が示すのは、土にふれた途端“次から次に”消えてゆく初冬の粉雪なのか。それともふる雪も、つもった雪も“すっかり”とけてなくなっている春のことなのか。そして「消ぬらし」は、実際には目にしていない、消えているらしい、という推定、想像にすぎません。その後につづく三句の「あしひきの」とは、「山」に対する枕詞。そこに浮かびあがる「山のたぎつ瀬」は、水が落ちては流れる谷、渓流です。「たぎつ」は、送りがなと濁音をとれば、瀧(たき)ですが、「激(たぎ)つ・滾(たぎ)る」は燃えたぎるにもあるように、瀧のような落水から逆巻く水の激しさがあり、結句の「音まさるなり」で、そのたぎる音こそが優(まさ)っている、という意になります。
うたのなかで立ち坐り、歩く
雪深い郡上に暮らしていると、雪どけというのは、雪が水に生まれ変わるということです。山の中では、平地のようにふる雪だけでなく、さらに谷になだれてくる雪も自ずとつもってゆくために、谷は最も雪の多いところになります。そして谷は、山水のとおり道なのです。
その谷の雪の下でのみこまれていた水の音が、雪どけによってさえぎるものもなくなると、突如せわしく賑やかに、まさにたぎらんばかりの騒ぎ声で春を告げるのです。だとしたら、これは雪がふりつもりはじめてから、すっかりとけるまでの実に息の長い冬春の歌になりましょう。それはまた、季節のしばりとゆるみの時空をおなじくした、私たちのからだの冬春を思わせるのです。
私はこうした和歌の世界を、声に出して何度も何度もうたうことで理解してきました。うたと私の間に一線を引いて作品の出来不出来や作者を評価するのではなく、うたの風景を響きとして味わい、うたわれる場に立ち坐りや歩みを繰り返すこと。そうやってうたの景色を立ち上げることにいそしむなかで、山のなかからたぎつ瀬の水音(みなおと)に感応したとき、その前身である雪の音のなさ、しんしんとふる雪の無音が、こたえようのないほどに胸にせまってきたのです。
このたぎつ瀬と、ふる雪の音が、互いをのみこみ、食(は)みあうように聞こえてきたとき、生きることの沈黙と、死んでゆくことへの叫声(さけびごえ)がとけあっているような無常、言いようのないあたたかさを感じたものです。それは真冬にもかかわらず、どっさりふった雪にうもれたときにかえって感じる家のあたたかさであり、雪がとけずにはいられない山水のあたたかさであり、季節が過ぎ去るだけではない、めぐりつづけることのあたたかさであり、一粒の雪の結晶、一粒の水の滴、その無数の溶解、無数の死をうけいれるあたたかさであるでしょう。
さて、このように一見シンプルな、短い歌でも、それをうたうとなると、私たちの態度、からだは全く違った理解と準備、感応をうながすのではないでしょうか。後編は実際にどのようにうたっているのかを追いかけてみましょう。
◎4/11(土)更新の後編に続きます!

1983年香川県生まれ、トランス・ナヴィゲーター。3児の父。幼少より郷土芸能に親しみ、日本各地の神事芸能や現代舞台芸術に足を運ぶ。2010年より岐阜県郡上を拠点に、わらべうた、作業唄、踊り唄、祝い唄の採集と伝承をライフワークとし、民謡バンド「GUNSOKAI」として活動。2020年より、声・うた・からだの探究と感応を促す「トランスワーク」を開発、各地でWSを開催。近年は、山伏修行もつとめ「山伏鵺(ぬえ)神楽」などの創造的奉納に励む。「源流遊行」(長良川カンパニー)、クラフトアパレル「ODORIGI」など、土地と人の関係をとらえなおす企画やメディア編集、ブランディングも行う。2025年5月に編集長として制作したzine『源流遊行MANUAL』vol.1を発行。
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源流遊行HP https://genryu-yugyo.com
