連載

井上博斗

第2水曜更新
うた・こえ・からだをひらく
感応閑話

18話 身のよるべなさとダンス白州の衝撃 終編

「mtt live performance」(INCUS DVD03 )のパッケージ写真より

 

「新たな世界への旅立ちは、予期せぬ出逢いから始まる。」
(『螺旋の腕』(土取利行=著 筑摩書房=刊)より抜粋)

 

2006年の「ダンス白州」の期間中、いつものように「身体気象農場」の前庭でボランティアスタッフの朝のミーティングが輪になって行われていました。あるとき、足どりのせいなのか、たたずまいからなのか、地面から数センチほどからだが浮いているような、小柄な男性がわたしの背後をすうっと通っていきました。「桃花村」のダンサーの方が案内していたので、アーティストの方かな、とちらっと思ったものでしたが、実際、スタッフにとってチラシの写真だけでは、毎日のように来る幾多ものアーティストを個人的に知らないかぎり、誰が誰やらわからないのでした。

 

それがのちに、わたしが10年も仕えることになる音楽家の土取利行(つちとり・としゆき)さんでした。「ダンス白州」では、土取さんによる「パフォーマーのためのリズム&ムーヴメントワーク」と銘打たれたワークショップが3日間通しで用意されていて、20人近い受講者が集まっていたのですが、メイン会場の奥にある森の舞台から土取さんが出てきたと思ったら、大声を出しながら農道をランニングしたり、四股をふんだ状態で前に進んだり、ウサギとびならぬ、カエルとびとでもいうべき、バンザイをするように全身をそらせては前方に跳躍したりと、ずいぶんハードなトレーニングでキャンプ場前の農道を騒然とさせていました。

 

夕方にボロボロになったからだをひきずるように食堂に引き上げてきた参加者たちに何をやっているのか聞いても、困惑と笑顔があふれるばかりで要領を得ない。いったい何が起きているんだろうと、翌朝に、わたしが編集していた『白州日々新聞』の取材と称して舞台の外から見ようとしたら「見学はダメ。取材するなら参加しなさい」と土取さんにいわれて、そのまま参加することになりました。

 

スパイラルする音に後押しされて

 

すると、昨日とは打って変わって、正座で声を出すことにはじまったかと思うと、歌とも文句とも知れない言葉をコール&レスポンスし続け、だんだんとパーカッションのリズムに合わせて一人ずつ、あるいはマンツーマンでからだを動かしながら、腰を降ろしたまま動き続けたり、互いの片足どうしを組んだまま跳ね続けたりと、太腿の筋肉がちぎれそうなワークがやむことなく展開してゆくのでした。

 

それでも、これまで聞いたことのないような喝破と繊細さが渾然一体となったジャンベ(=アフリカの太鼓)の後押しによって、何度も何度もからだが崩れ落ちそうになる限界を越えることができるのでした。音がからだの中で拍動し、スパイラルしながら拡張してゆくあの感覚は、その後土取さんの演奏において幾度となく味わうものでした。

 

さて、その日のワークは、列で向かい合って、進んだり戻ったりする、まるで花いちもんめのアフリカ版のようなラインダンスとなって歌い合うという、歓喜にみちたスペクタクルを迎えました。ワークをともにしたわたしたち生徒は、今や、大きな家族のような、村の共同体のような親密感につつまれ、何か一つの祭りを終えたような充実に満ちていました。そして、そこに一人音楽家がいるだけで、このようなオーガニックな場が生まれうるのか、という感動に、わたしは打ちのめされました。

 

前衛と呼ばれた3人の再会

 

そうして3日間のワークショップが終わり、土取さんの公演予定日の8月18日を迎えました。手づくりの板席は数百名もの超満員。出演者はほかにダンサーの田中泯と、トランペッターの近藤等則(こんどう・としのり)を加えた3人です。はじまりは、夜の森の舞台に、まるでリスか、それに近しい小動物が降り立ったかのように、からだを深く折り曲げた土取さんが2本のスティックを床板にトコトコトコトコと連打しながら横切っていってはまた折り返していくというものでした。なんという気負いのない、それでいてどことなく可愛らしい登場でしょう。

 

そしてやおら起き上がって、わたしたちになぞの言語で呼びかけてくるのです。「グングングン!!!!」

土取さんの薫陶を受けたワークショップの生徒たちも客席にいましたから、わたしたちは即座に「グングングン!!!!」と返します。「グングンパッ! グングンパッ!」とまた呼びかけられると、同じように盛大に返します。ときにうまく返せず笑いが起き、呼び声はさらに複雑に長く、ねじれてゆきます。

 

そして、その応酬がこれ以上ないというほどに崩れ出したとき、ドラムセットに座った土取さんは、これまで聞いたことがない激しさでドラムの波状演奏をはじめ、いつの間にか同じく椅子に座った近藤等則が、エフェクターをカチカチと足で踏みながら、電子音で増幅されたトランペットの音を、森中に、白州中に響き渡らせていくのでした。この二人はフリージャズの世界でデビューをともにした竹馬の友とあって、目もとまらぬ即興の会話が、森を、夜を、わたしたちを猛然と駆け抜けてゆくのでした。

 

おしゃべりなドラムが人生を変えた

 

そう、会話なのです。土取さんのドラムは実に具体的な言語による呼びかけでした。バスドラムのキックによる連打、鼓面をおさえて叩くことでメロディのように変化するスネアドラム。おしゃべりをやめない兄弟のタム、時折雷のように落ちる銅羅やシンバル。そして鉄のカウベルによるリズムの漫才。こんなにもパーカッションそれぞれの音を読みとくことができてよいのだろうか? と不安になるくらい、それほどに音の一つ一つがクリアで際立っていて、こちらがその音に彫琢、マッサージされるほどの音圧が手渡されるのでした。

 

一方、大量の汗を流しながら、やまない音の虚空へと逃れ切ろうとした泯さんの踊りは、それでも舞台から消えることなく、幾度となく舞台真ん中の椅子に戻り、また何度も再開されるのでしたが、一人で台風のシンフォニーを奏でるようなエレクトリック・トランペットと、一人で森の宇宙をドラミングしているようなパーカッションの間でよく立っていられたものだと慄然とさせられるのでした。

何かの天災をどうにかやり過ごしたかのように、決してリズムに乗るわけでも、からだを揺らすわけでもなく、最後は座って聞くことに我慢ができずに立って聞き、そしてアンコール演奏が終わってもなお、ずっと呆然と立ち尽くしていました。いわばこの公演がわたしのその後の人生の行き先を変えたのでしょう。

 

白州から郡上八幡へ

 

2006年はわたしが「ダンス白州」のボランティアスタッフをつとめた最後の年でもありました。そしてこの夏が終わって、はじめて土取さんの住む郡上八幡へ出かけた年でもありました。そこには、土取利行さんが、そして本連載1話目でふれた土取さんのパートナーである桃山晴衣さんが待ち構えていました。

 

古代音楽、演劇音楽、前衛音楽をめぐる世界的パーカッショニスト・土取利行。江戸音曲である浄瑠璃から平安時代の古謡まで遡りながら、現代に生きる大衆音楽として歌ものと語りものを追究し続けた三絃演奏家で唄い手の桃山晴衣。

 

孤高の歩みを続ける二人の全貌も知らずに、両氏が主宰する茅葺き(かやぶき)の芸能堂であった立光学舎(りゅうこうがくしゃ)をたずねたわけですが、そこでは、どう踊るのか、歌うのか、奏でるのか、というより、どう生きるのかという姿勢を問うものとしての、全人的な感応の稽古のはじまりであり、のちに郡上に住むことになるわたしのあらたな旅立ちでした。

井上博斗 【いのうえ ひろと】

1983年香川県生まれ、トランス・ナヴィゲーター。3児の父。幼少より郷土芸能に親しみ、日本各地の神事芸能や現代舞台芸術に足を運ぶ。2010年より岐阜県郡上を拠点に、わらべうた、作業唄、踊り唄、祝い唄の採集と伝承をライフワークとし、民謡バンド「GUNSOKAI」として活動。2020年より、声・うた・からだの探究と感応を促す「トランスワーク」を開発、各地でWSを開催。近年は、山伏修行もつとめ「山伏鵺(ぬえ)神楽」などの創造的奉納に励む。「源流遊行」(長良川カンパニー)、クラフトアパレル「ODORIGI」など、土地と人の関係をとらえなおす企画やメディア編集、ブランディングも行う。2025年5月に編集長として制作したzine『源流遊行MANUAL』vol.1を発行。

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源流遊行HP https://genryu-yugyo.com