連載

井上博斗

土曜更新
うた・こえ・からだをひらく
感応閑話

第14話 あらたまのダンス

月と水と若返り

みなさんは井戸水や山からひいた水をのんだことはあるでしょうか。「お歳とり」(前話参照)から一夜明けた元日の早朝、郡上では、それを「若水(わかみず)」といって朝一番にのむほか、釜に入れて沸かし、お雑煮の汁にすることが古くからの習わしでした。

また、山形県の旧安楽城(あらき)村では、新年の若水をくむさい、以下の文句、和歌を唱える風習が報告されています。

 

あらたまの歳のはじめの玉柄杓(たまひしゃく) 福くむ米くむ宝くむ

 

意訳:あらたなる歳のはじめに柄杓で湧き水をくみましょう。それは、その歳の福、米、宝をくむことと同じことなのです。

 

ここでは、若水をのむだけでなく、若水をくむというふるまいがまた、さらなる福、米、宝をよびよせているのですが、これは「予祝(よしゅく)」や「もどき(=擬態)」といわれる、水をくむというフリにあやかることで、今起きていること以上の影響をもたらす芸能の原点をも思わせます。

 

さて、若水とは、とどのつまり若返りの水なのですが、その出どころは、くるくると満ち欠けをすることで若返る月に由来するという伝説や物語を生み出してきました。特にロシアの民俗学者、ニコライ・ネフスキーが『月と不死』にまとめた宮古群島の多良間島の民話では、若水が死水(しにみず)との対比でも語られていますので、それを要約してみましょう。

 

「かつて太陽と月が、人間に不死の命をもたらそうと、アカリヤザガマという使いに、不死の若水と、死水の入った桶を持たせて下界へ遣わせた。ところがその使いがひとやすみしているうちに、大きな蛇があらわれて若水を浴びてしまった。困ったアカリヤザガマは、人間に死水を浴びせるほかなかった。そのために蛇は不死となって何度でも生まれ変わり、人間は死ぬ運命になったという。太陽と月はたいへん怒り、使いに罰として永久に桶を持ったまま立っているよう命じた。そのため、月には今でも天秤桶(てんびんぼう)をかついだアカリヤザガマが立っているのが見えるのだという」

 

わたしたち日本人が、亡くなったかたに死に水をふくませるのは、釈迦の故事に由来する仏教的なもので、死出の旅の順風や安楽を祈るものとして理解されていますが、太陽と月から授けられた死水は、必ず死んでしまうことになる人間への不意の贈与、のがれえない運命論として語られています。

 

ゆえにわたしたちは、何度も生まれ変わりをもとめて、月や、若水くみといったような行いに身をたくしてきたのかもしれません。こうした自分とは違うものへの「たくし」や、さきほどの真似をする「もどき」、さらには違うものになりきってしまう「やつし」といった転生のふるまいにこそ、わたし自身のからだも何度となくひらかれてきたのです。

 

獅子に身をやつして

わたしは故郷の讃岐・香川県で、秋祭りのときに奉納、あるいは門付け(かどづけ:家々をまわること)される「獅子舞(ししまい)」という郷土芸能につつまれながら育ちました。香川県は獅子舞の数が800組あるといわれる獅子舞王国なのですが、わたしが通っていた小学校の校区には13の地区があり、当時は10を超える獅子の組があったと記憶しています。

 

どこの地区でもお盆を過ぎてから9月いっぱいは、獅子舞の夜間練習です。こどもにとっては、まずこの夜に外に出られる、というのが魅力的でした。といって練習場所は、家の目の前にある集会所だったのですが。

やがて10月にかかる金曜日になると、出水(ですい)と呼ばれるお宮の近くの湧水場で、御神体となるお米と自身のからだをきよめた氏子たちが、お宮にもどって神事を続けます。その夜、境内にはすべての獅子の組があつまって総舞をするのですが、讃岐の獅子舞ならではの鉦が、火事でも知らせるように一斉に鳴り響くので、もはや何が何だかわからないなかで舞うという、今思えば実にトランシティヴな場でした。

 

そして翌日の土曜日からは学校をやすんで早朝から暗くなるまで、2日間かけてお宮や祠、自分の地区のすべての家々をまわって獅子を舞うのです。獅子に身をやつして、勝手知ったる近所をめぐったり、それぞれの家の庭や座敷であらぶることは、日常から生まれ変わったハレの場そのものでした。また獅子舞は当時のわたしのようなこどもや、デビュー間もない年少者が好まれたため、わたしは連日ひっきりなしに舞いつづけることになりました。

 

とはいえ、獅子頭はそれなりに重いので、こどもたちはまず太鼓や鉦(しょう)といった鳴り物の役をへて、11、12歳あたりからなんとか頭をもてるようになります。舞い手は2人、油単(ゆたん)と呼ばれる染め布のなかで前と後ろに分かれて、こどもは10分近くある舞の前半、前衛を担当するのです。はじめての練習では、お年寄りが後ろからおおいかぶさって、右へ左へ、上へ下へ、揺さぶられるようにそのふりを教えてくれたことを今でもはっきりと思い出すことができます。

 

そして、まだ獅子舞をやる前、鳴りものにも手をつける前、4、5歳のころでしょう。自宅の庭で舞われた獅子も決して忘れることができません。獅子がこわくて、なるべく目が合わないように、近づくことすらできないのに、半被(はっぴ)を着た大人や無数の地区の人、大勢のこどもたちに取り囲まれ、もまれては何度となく、獅子の前に押し出されてしまうのです。泣きながら父の膝にすがり、やせがまんをしては母に抱かれていたことも脳裏に焼きついています。

 

胎児にみる獅子のおもかげ

それからいつの間にか太鼓をやる幼馴染に憧れて、獅子舞をやる側となってからは、まったく当たり前となったこの獅子の顔に、驚愕をもって再会することとなった本との出会いがありました。

 

それが学生時代に夢中で読んだ三木成夫の『胎児の世界』(中公新書)です。その中に登場する36日目の胎児の顔こそ、わたしが幼いころにおそれた、あの獅子の顔だったのです。高校の生物の授業で習った「個体発生は系統発生を繰り返す」というヘッケルの理論を、三木成夫は解剖によって、それもこれまでの受精卵がトカゲっぽくなり、犬猫になっていくような真横からの全体像ではなく、真正面の胎児の顔をスケッチで明らかにしてみせました。

 

そこには、魚類から両生類、そして爬虫類へという生物進化におけるおもかげが、走馬灯のように胎児の顔にあらわれるほか、内臓やからだのつくりもまた、たとえば植物から動物へといった生物進化の過程をたどっていくというドラマが再演されるものでした。わたしが獅子とみたのは、胎児36日目の表情ですが、胎児というのは、32日から40日のあいだに約4億年の生命史の生まれ変わりを次々と、それもからだそのものを変容させながら演じていくというのです。

 

そこで想像してみるに、世界各地で、あの獅子が、あるいはバッファローが、さまざまな四つ足の獣たちが舞われていますが、特に獅子が、トラでもライオンでもイヌでもない、想像上の霊獣である以上、これは種の記憶、胎児のおもかげ、“あらたまのダンス”が、わたしたちの世界にあらわれ出てきたのだと思わざるを得ません。

 

いきおい、あらたまのダンスとまでいってしまったのですが、この荒々しいタマ、あらたまりつづけるタマの状態こそ、胎児や蛇、月や蝶々にわたしたちが見立ててきたものでしょう。前話でも紹介した和歌における「あらたまの」は、「とし・歳・年」にかかる枕言葉として、わたしたちの伝統歌のつらなり、響きの記憶にうめこまれたのですが、月日とは、生まれ変わるいのちであることを示すために、すべてがアの母音で連打されること、そのように聞いた古代人のとめどのない感応がつたわってくるようです。

 

では、このように紹介してきた祭りや和歌といった日本の原像や風習にふれないできたとしても、わたしたちはあらたまのダンスに出会うことができるのでしょうか。次話では、そのあたりに分け入ってみたいと思います。

井上博斗 【いのうえ ひろと】

1983年香川県生まれ、トランス・ナヴィゲーター。3児の父。幼少より郷土芸能に親しみ、日本各地の神事芸能や現代舞台芸術に足を運ぶ。2010年より岐阜県郡上を拠点に、わらべうた、作業唄、踊り唄、祝い唄の採集と伝承をライフワークとし、民謡バンド「GUNSOKAI」として活動。2020年より、声・うた・からだの探究と感応を促す「トランスワーク」を開発、各地でWSを開催。近年は、山伏修行もつとめ「山伏鵺(ぬえ)神楽」などの創造的奉納に励む。「源流遊行」(長良川カンパニー)、クラフトアパレル「ODORIGI」など、土地と人の関係をとらえなおす企画やメディア編集、ブランディングも行う。2025年5月に編集長として制作したzine『源流遊行MANUAL』vol.1を発行。

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源流遊行HP https://genryu-yugyo.com