土曜更新
うた・こえ・からだをひらく
感応閑話
第11話 いのちの躍動は、からだからはじまる(前編)

(息子によるドローイング)
不登校からはじまること
去年の春に入学した小学校に通い続けてきた1人目の息子が、この3月から行きたくないということで、不登校を2週間ほど続けてきました。
私のはたらき方は、家事をしながら原稿を書いたり、打ち合わせをしたり、外へトランスワークの講座や稽古に出かけたり、という感じですので、基本的には息子を同伴することとしていましたが、妻にとっては、まだ乳飲み子をかかえていますし、家事育児だけでなく、自分のやるべきこと、やりたいこともありますから、こどもの不登校というのは、核家族にとって自分の時間が奪われる、ということに直結し、毎朝が恐怖となってしまいがちです。
思い返せば彼は、保育園の年中のときにも、保育園がつまらなくて登園したくないということで、今と同じような日々を送っていました。当時は、3歳から4歳になろうとするからだも脳も成長がいちじるしい時期であったし、3つ下の弟が1〜2歳で手がはなせなかったこともあり、こちらも終始イライラ、仕事に集中しきることも叶わず、なかなかに大変でした。
救いは、近くの老夫婦が、こどもたちが集って遊ぶために自宅とお庭をプレイパークのように開放していることでした。こどもたちを預けることもできたことは、元小学校教師の2人による寛容さと、時代が変わるなかで、声かけから食事まで学び直しを続ける姿勢もまた、心から信頼がおけるものでした。いわばそこを、サードプレイスとして、地元のおじい・おばあという関係で、息子は思い切り羽をのばしたり、お昼ご飯を作って食べたり、そこで一緒になる他の友だちと家にはないテレビを見ることもできるのでした。そうして、朝は一緒に早起きして、いったん好きな遊びをやりきることにしたら、また年長になるころから保育園に通うようになりました。
さて、本人から小学校が楽しくない、特に時間割があるのがいやだ、なぜその順番で授業をやらなければいけないのか、帰ってから宿題をやりたくない、ということを、この2週間ほど、お風呂のなかで聞いてきました。彼が、学校に通いはじめて感じてきていたことを、こうして言葉にできることについて、本当に凄いなと思って聞いていたのですが、朝起きて、朝ごはんを食べ、学校の用意もしながら、あるいは学校の入り口まで行きながらも、感情的な爆発ではなく、やっぱり行きたくないんだよな〜、という意思表示がはっきりとできることには、敬意すら感じました。
人にとってはゴミが彼の宝
彼は、1歳の頃に、小さな物を手でつかむのではなく、指でつまむ、というふるまいを次々と見せ、私たち夫婦を驚かせました。また、2歳のお祝いにお箸をプレゼントされるやいなや、豆乳シチューのキャベツをきちんと箸でつかめるという器用さを発揮し、3歳になる頃には、ドライバーで家電のネジをゆるめる、という行為に熱中しはじめました。
当時は、土間を作ったり、土壁を練ったりと、自宅古民家の改修もやっていたので、そこにも喜んで参戦していましたが、彼の関心をより強くひいたのは、家の物置の様々な道具や、私たちが廃品回収のために置いてあるゴミでした。それらをあさるなかで、基盤、導線、回線、電池、車のパーツなどといったモノに強い関心をもち、動画はエンジンの構造や物作り関連のものを見たがりました。小学校に上がる頃には、私が20年前に使って持っていたハンダゴテを、見よう見まねで使いこなし、小さな照明をつけたり、モーターを回したりと、自分の道具と工具箱を持って、あらゆる廃品をばらしたり、回線をつなげたりするのを好むようになりました。
こうなると、私たちの居間も彼の作業の侵食をうけ、ゴミとおぼしきパーツが散らばりはじめますし、まだ幼児の娘の誤飲や怪我にもつながりますので、アトリエが作れればいいのですが、とりあえず間仕切りなどのゾーニングで凌ぎ、あたたかくなった季節は、建具の向こうの縁側が彼のアトリエです。
それでも彼の勢いはとどまることを知らないため、小学校4年生からしか入ることのできない郡上のロボットクラブに相談したところ、先生が彼には見込みがあるということで、マンツーマンのクラスに毎週通うこととなりました。見込みというのは、息子はキットを使ってロボットを作ったり、既に出来上がったロボットで遊ぶクラブを求めているのではなく、ロボットの構造そのものに大変な関心があり、なんだったらそれをバラしたいということ、クラブの作業場にある、ただの巻いてある銅線を見るだけで、欲しくてたまらずニタニタしてしまう、という表情を見てのことでした。
学校のお祭り男と修理屋
私がこどもの頃でいえば、学校がすこぶる好きなたちだったのか、小学校の6年間1日も休まずに、そして誰よりも朝早く登校していました。用務員の先生が靴箱のある昇降口を開けてくれる7時をさらに引き上げるべく6時45分に行っては、サッカーボールを取り出せるのを待ち、まず1人でサッカーに熱中しつつ、しだいに登校してくる仲間を集めて遊びきると、教科書はすでに兄のおさがりをほぼ読み終えた状態で、全授業、全教科に最大限の知的好奇心でのぞみ、行事や運動会には最高のパフォーマンスを目指して練習から本気であったため、火の玉のような熱苦しさ、落ち着きのないお祭り男と評されていたものです。
一方、みんなそろっての授業や発表会に今ひとつのりきれず、エンジニア気質をもった息子について学校の先生たちとも話し合ったところ、とりあえず彼の工具を持参してもらって、授業は受けずに学校で故障したモノを解体してもらったらいいのでは、というアイデアが先生側から出たので、今週から彼はバラすために学校に行きはじめました。
久しぶりの登校初日、まず向かうのは保健室の奥の部屋で、そこで動かないミシンを直してみるのはどうか、という話し合いが行われたようです。そして家庭科室にうつり、ミシンのボビンにからまった下糸や、ゴミをとって動作確認をすると、それだけで早くもミシンが小気味よい動作を見せたため、学校の修理屋さんの名を拝命し、家に帰ってきても妻のミシン掃除に熱中していました。
午後には、彼の中で流行っているモーターを使った扇風機や、
息子にとって、学校という場所が変わりはじめたようでした。
◎3月28日(土)更新の後編に続きます!

1983年香川県生まれ、トランス・ナヴィゲーター。3児の父。幼少より郷土芸能に親しみ、日本各地の神事芸能や現代舞台芸術に足を運ぶ。2010年より岐阜県郡上を拠点に、わらべうた、作業唄、踊り唄、祝い唄の採集と伝承をライフワークとし、民謡バンド「GUNSOKAI」として活動。2020年より、声・うた・からだの探究と感応を促す「トランスワーク」を開発、各地でWSを開催。近年は、山伏修行もつとめ「山伏鵺(ぬえ)神楽」などの創造的奉納に励む。「源流遊行」(長良川カンパニー)、クラフトアパレル「ODORIGI」など、土地と人の関係をとらえなおす企画やメディア編集、ブランディングも行う。2025年5月に編集長として制作したzine『源流遊行MANUAL』vol.1を発行。
インスタグラム https://www.instagram.com/hierotix
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源流遊行HP https://genryu-yugyo.com
