土曜更新
うた・こえ・からだをひらく
感応閑話
第9話 五大に皆響きあり(前編)

(私物の絵葉書より木曽節の風景)
前話では、春をとびこえて初夏の田植えの話になってしまいましたが、今の郡上は、立春を越えたとたん、陽射しがすっかりやわらかくなって、あたりの雪がみるみるとけているころです。水路の瀬音も激しくなり、屋根の雪がしたたり落ちて、まるで雨でもふっているのではないかと思うほどに、軒下で太鼓をたたいています。新春は水の音からやってくるといってもいいのでしょう。
さて、第1話でもふれた唄い手・三絃演奏家である桃山晴衣(ももやまはるえ)さんと出会った2006年のこと、氏が拠点とする郡上八幡の立光学舎(りゅうこうがくしゃ)にて、毎年春と秋に「創造塾」という2泊3日のワークショップが開かれていることを知りました。
創造塾は、もともとはシアターΧ(カイ)という両国にある劇場で、俳優の卵たちを養成する講座としてスタートしたようですが、若者の感性の退行ぶりに、野や大地でこそひらかれるものがあると、郡上八幡での合宿講座へと変遷していたのでした。
私は桃山さんが語る、感覚を十二分にひらいていのちをめいいっぱい生きること、その細やかな暮らしの充足があらたかな創造を生む、というメッセージに感化されていたものの、彼女が歌う舞台を見たこともなく、また音楽的創造にかぎらない全生的存在であることもつゆ知らず、どちらかというと桃山さんのパートナーであり、世界的音楽家である土取利行(つちとりとしゆき)さんが演奏するドラム&パーカッションに衝撃を受けたことから、土取さんのワークも含まれる「創造塾」に参加したのです。
わらべうたから民謡へ
そこで出会ったのが、本連載で紹介してきたわらべうたに加えて、民謡だったのです。小唄にはじまって古曲浄瑠璃をおさめながら、伝統に根ざしたニューミュージックの唄い手として音楽界に登場していた桃山さんは、音楽と風土、ことばと暮らしが結びついているわらべうたや民謡、古謡をもとめて、日本各地をめぐるなかで木曽や郡上をたずねていたようです。その証に、1976年に桃山さんによって録音された地元のかたの木曽節がYouTubeにあがっています(『板取金一 木曽節』)。
創造塾では、意外にもご当地民謡、郡上節ではなく、主にこの木曽節をならいました。これが後になってみると実に効果的な稽古でした。手拍子とともにうたえるテンポの木曽節を、その倍以上の間(ま)、長さで指導されたのです。
「きそのナーァァァアーアァア、なかのりさァァァん」
となるところが、
「きーいーいィそーのー、なーァあー、アアアーアーアア、なーかのーオりさーァアん」
と、今うたってみると2倍どころか4倍に伸ばしての繰り返しです。
塾生である私たちは、民謡も初めてで木曽節も知りませんから、そういうものかと思って一生懸命ついていくのですが、息が足りないうえに下っ腹に力が入っていないため、「中乗りさん(=筏流〈いたなが〉し。木材を筏〈いかだ〉に組み、川の流れを利用して下流へ運ぶ材木輸送をなりわいとする人のこと)はそんなものじゃない!」と叱咤がとんできます。筏流しを見たこともやったこともありませんから、こっちもやぶれかぶれです。「木曽の御嶽、なむちゃらほーい」と続き、どうにかこうにか下の句にたどりついて、「なァーつーゥゥでーもオーーオ、さーむーいよーいよーいよーい」で締まったと思ったら、「お前たちのは暑苦しい!」とクソミソにやられたものです。
ですが、うたっているうちに、なんて気持ちがいいんだろう、赤目(あかめ)の棚田であふれた声にならなかった声(第7話参照)は、これだったのだ! という圧倒的な確信を得たのでした。ただ、大地から生えてくるような地声と、抜けのある高声がむつみあう民謡は、列島風土の稜線やさざなみそのもの、それぞれの土地での人の生き様がうたになったのだと知るのはもう少し後のことです。
一方、土取さんの講座はひたすら下半身をいじめ抜くような荒行で、階段の上り下りもままならない筋肉痛となり、からだをひきずるように当時住んでいた大阪まで帰ることになったのですが、こちらも力がありあまっていた自分には、目の覚めるような爽快さでした。
それから、こどもが同じ歌を何度も飽きることなくうたうように、日がな間の長い木曽節をうたい続けた半年後に、また創造塾に参加して木曽節をうたった折、桃山さんから「お! お前、いいね」と言われたことが、さらに民謡にのめりこむきっかけでした。
それは、うまい、うまくないではなく、自らが求めていたもの、その切実さが、水を得た魚のようにからだに染みとおっていったことの現れだったのでしょう。
母音の稽古だった木曽節
そして、その間の長さは、実にありがたい母音の稽古でした。神楽歌であれ和歌の朗詠であれ、声明であれ説教節であれ、浄瑠璃であれ長唄であれ、浪曲であれ演歌であれ、この日本語からなるうた・語りは、すべてアエイオウからなる母音を内包しています。子音は発声とともに意味を伝えてすぐに消えてしまいますが、残った母音は、そのときどきで伸ばされ、打たれ、揺りまわされて、意味と情感の風呂敷をひろげるのです。
前話の「サ」の響きでいうならば、サは人の皮膚や苗にふれたとたん消失昇華し、そのふれられた実体をみたすのはアの響き、アのあはれ、アのanima(生命、魂)であるということです。それほどに内奥に広がりをもつ、残響の豊かな母音によって、私たちは風景を、物語を、世界を創造し、堪能してきたことは、日本の音楽芸能が伝えてくれていることでしょう。
そういえば、ひらがな48文字をもって日本語の子母音全てを表しつつ、色即是空や無常観をうたう「いろは歌」の作者といわれる空海は、
五大(ごたい)に皆響きあり
という詩句を名著『声字実相義(しょうじじっそうぎ)』に残しています。地水火風空の五大それぞれに響きがある、というわけですが、私にはこの言葉は、母音の響きそのものではないか、アエイオウというのは文字の前に響きではないか! という衝撃として襲ってきました。空海はそこから「十界(じっかい)に言語を具す 六塵悉く(ろくじんことごとく)文字なり 法身(ほっしん)これ実相なり」とうたうのですが、なんでしょう、このカッコよさは。
この世には、地獄から仏の世界までの十段階の境地があるけれども、それぞれが自らをあきらかにする言語をそなえているというのです。確かに20世紀に私たち人間が生み出した地獄、ホロコーストのただなかから書かれた『夜と霧』(ヴィクトール・E・フランクル=著)や、スベトラーナ・アレクシエービッチが聞き取った『チェルノブイリの祈り』が、そうした命がけの言語所産であると思えば、カッコよいではすまない激甚さです。
また、色・声・香・味・触・法という、確かに感じられるものの、吹けばとぶような、揺らぎつづける六塵は、すべて言い表し、指し示すことのできる文字、記号、表象であるというのです。たとえばそれは、近年のAIの効用以上にその存在論がかまびすしいなか、私たちこそが、文字、記号、表象によってなりたつ存在であることが、AIとの鏡像関係として照射された痛烈な視座です。
ところが最後に、鏡にうつりあいさえもするような六塵的表象には実体がないと言っているのではなく、宇宙の体(法身)をもった真理、実相なのだというのです。この超越的矛盾、あるいは絶対的肯定。
空海には、響きも言語も文字も、仮想であり実相でもあるというスペース・オペラが聞こえていたのでしょうが、すべてが宇宙的現れなのだ! と喝破するには、五大に溺れず、十界に迷わず、六塵のなかで歩き、六塵に応答し切ってゆく、とてつもない全生的胆力がいるはずです。
そのような空海の来しかたを追いかけたくなるところですが、なぜ自分自身に、五大が母音の響きとして襲ってきたのか、後編ではその大きなきっかけについて紹介しましょう。
◎2月28日(土)更新の後編に続きます!

1983年香川県生まれ、トランス・ナヴィゲーター。3児の父。幼少より郷土芸能に親しみ、日本各地の神事芸能や現代舞台芸術に足を運ぶ。2010年より岐阜県郡上を拠点に、わらべうた、作業唄、踊り唄、祝い唄の採集と伝承をライフワークとし、民謡バンド「GUNSOKAI」として活動。2020年より、声・うた・からだの探究と感応を促す「トランスワーク」を開発、各地でWSを開催。近年は、山伏修行もつとめ「山伏鵺(ぬえ)神楽」などの創造的奉納に励む。「源流遊行」(長良川カンパニー)、クラフトアパレル「ODORIGI」など、土地と人の関係をとらえなおす企画やメディア編集、ブランディングも行う。2025年5月に編集長として制作したzine『源流遊行MANUAL』vol.1を発行。
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源流遊行HP https://genryu-yugyo.com
