連載

kai

第3水曜更新
Magical Mayberry Muffins
Episode4 The scent of tangerine on my lips

by kai

◎前回までのあらすじ
アメリカから帰国後、湘南の町で暮らすNao。彼はふと、カリフォルニアに住んでいた頃の女友達に、久しぶりにメールを書こうと思い立った。

Episode3をみる

 



>Subject: hello, beautiful

 

How have you been lately, my dear?
お返事書くのが、すっかり遅くなっちゃった。忙しいわけじゃないんだけどね。ほら、あたしまだ無職だからさ;p
あたしは相変わらず、げんきにやってるわよ。
このあいだ、いつも野菜を分けてくれる家の近くのファームから、太ももみたいにぶっといダイコンを5本もいただいちゃって。ここ1週間、みぞれ鍋を食べ続けてるんだけど、それでもまだ3本も残ってる。仕事してないから食費は助かるんだけど、さすがに飽きたわ。
Berkeleyはどう? そろそろ暖かくなる頃よね。
Chez Panisseのコースデザートは、まだシトラスなのかしら。
あたし、Tangerine Sherbetが一番好きだったわ。Californiaの冬の太陽の、淡くて優しい光の匂いがして、食べ終えると、いつも切ないような気持ちがしたっけ。

 

湘南では、いろんなところで夏みかんの木を見かけるの。TangerineとGrapefruitの中間みたいな形と色をした夏みかんが、枝いっぱいにぶら下がってて、その感じがBerkeleyを思い出させる。そっちでは、Navel OrangeやMeyer Lemonが、よく植えられていたわよね。
冬の湘南は陽射しがやわらかくて、海の色も少しグレーがかってて、そういうのも、冬のBerkeleyに似ているなって思う。街全体が、ちょっと切ない感じがするのとか。
だからなのかな。あたし、冬の湘南、結構好きなの。
空も海もくすんで、境目が曖昧になった水平線を眺めつつ、海辺を一人で歩いていたりすると、ドラマの主人公になったような気持ちになる。
そのドラマはもちろん、ラブストーリーよ。
例えばね、砂浜を散歩していると、向こうから、毛並みが良く端正なお顔をしたラブラドールを連れたハンサムガイが歩いてくる。すれ違いざまに、そのラブラドールがあたしのほうへ近寄ってくるの。
「あっ、マイル! ダメだろ! ……すみません」
美しく整った眉をハの字に曲げながら、彼は言う。
あたしは、海風にあおられて踊るヘアーを押さえつつ「いいのよ、あたし、ワンコが大好きだから」と言って、ラブラドールの背中を毛並みに沿ってそっと撫でる。ときめく気持ちを悟られないよう、目線を落として。
「よかった」
彼は安心したように、眉を緩める。
そして彼は言うの。
「おにいさん、この辺りに住んでいるんですか? よかったら、ボクと一緒に散歩しませんか?」
そこからあたし達のラブストーリーが始まっていく……、
なんてことは、今のところないんだけどね。でも、そんなことが起こりそうな予感を抱かせてくれるの。冬の湘南は。冬の海は。
あ、でも。ハンサムガイにはまだ出会えていないけど、ちょっと前に、あんたと似た感じのレディとフレンドになったわ。
彼女、人生をリセットするために湘南に移り住んだんだって。ね、Berkeleyに来たばかりの頃の、あんたみたい。
そして、あたしにも似ている。

 

セッションの仕事を休んでから、あっという間に2年も経っちゃった。
アメリカから日本に帰って、1年くらいは続けられていたんだけど、なんかね。なんとなく。
ううん、「なんとなく」じゃないわ。やっぱり、あたしもリセットしたかったんだと思う。
自分自身を、一度まっさらにしてみたかったの。あの頃の、あんたみたいに。
あたしの家ね、海の目の前というわけではないんだけど、油断すると転がってしまいそうなほど急な坂の上にあるから、眺めが良くって、窓からはちょうど海が見えるの。
サンセットタイムに、海に沈んでいく夕陽をバルコニーから眺めていると、Golden Gate Bridgeの、あの時の景色を思い出す。そして、思うの。全ては完璧だった、って。
あのラブストーリーのシナリオは、最初から決められていたの。それ以外ありえないくらいに、完璧な展開だった。
その完璧さは、あたしをどうしようもなく切ない気持ちにさせる。
けれど、それが決して悲しいことではないことも、あたしはわかっている。
容赦なく過ぎていく時間とか、抗いようのない運命とか。そういうどうしようもないものを、ただありのままに受け入れようとするとき、胸の奥をそっとなでるように、風が吹くの。ほんの一瞬だけ。
その風を、「切なさ」って呼ぶのだと思う。

今日ね、湘南で春一番が観測されたみたい。
Spring is just around the corner. 湘南の春は、もうすぐそこまできているわ。
だから今は、この切なさを、ちゃんと味わっていたいと思う。

 

From afar, with love
xx
Nao

 

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(この物語はフィクションです。実在する場所が登場しますが、登場する人物・出来事は全て架空のものです)

kai 【かい】

セラピスト、アーティスト、文筆家。2011年よりスピリチュアル・カウンセラーとして活動(2020年に休止)。現在は鎌倉のショップを不定期で運営しながら、アート表現、執筆、講座などを行う。主な著書に『kaiのチャクラケアブック』(エムエム・ブックス=刊)、服部みれいとの共著『自分を愛する本』(河出書房新社=刊)。2026年初頭には、服部みれいとの共著による新刊が徳間書店より発売予定。また、2025年秋に発刊したライトノベル『PEACEFUL PLUOT PIE』(個人出版)は、この物語の前日譚である。2026年1月、徳間書店より服部みれいとの共著『わたしがととのう毎日のチャクラケア』が発売。初夏には、みれい☆かるちゃ~☆すく~るで第1チャクラ講座を開催予定。