連載

井上博斗

土曜更新
うた・こえ・からだをひらく
感応閑話

第6話 沈黙によりそううた(後編)

撮影=日下部金平

 

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子守唄の変遷と周辺、そして現代社会

 

詩人・評論家の松永伍一の『日本の子守唄』(紀伊国屋書店・1964年)によれば、親や兄姉による子守りだけではなく、つらい労働としての守り子(もりこ:子守りをする少女)、それがいわゆる子守唄のもの哀しさを生んでいるといいます。彼が全国をめぐったドキュメント録音「にっぽんの子守唄」(1976年)をYouTubeで聞くことができますが、戦前生まれの女の子たちが、守り子として出稼ぎ、奉公に出ることは、戦後に労働基準法で禁止されるまで珍しくなかったことがわかります。

 

この子守して こんだけやせて

帯の二重が三重まわる

  ねんねんよ おこらんよ

 

雨が降り出す 焚きもの濡れる

家で子が泣く 日は暮れる

  ねんねんよ おこらんよ

 

守というもの楽そでつらい

親に叱られ 子にせめられて

 ねんねんよ おこらんよ

 

古谷の守り子うた(名古屋東部)

『わらべうた 桃山晴衣』より抜粋

 

また、1960年代までは、日本各地の女性がそうだったと思いますが、郡上においても、あかん坊がいても気を滅入らせるひまもなく、風呂焚き飯炊き、掃除といった家事はもちろんのこと、産前も産後も男性と同じように田畑で働き続け、夜は臼ひきや糸紡ぎ、縄ないや機織りなどをして、食べ物や衣服、燃料も自給していました。

私が聞いたところでは、7人も8人も子どもがいるのに母たちは「子育てをした記憶がない」(郡上高鷲村)と語るのだから気が遠くなるほどです。兄姉や近くのおばあさんがみた、というのです。

 

冒頭の「うたをうたったことがない」と言われたおばあさんの土地は、かつては奥越前(福井県)だった郡上石徹白(いとしろ)村で、本連載4話目の「鏡としてのわらべうた」でもまりつきうたの一部を紹介しましたが、盆踊り唄や作業唄など「うたならたっくさんある」と村人に言わしめるほどのうたどころでした。

 

彼女が人知れず口ずさんだうたは、なかったのでしょうか。彼女の耳にとどいていたうたはどんなものだったのでしょうか。もし、私が彼女とともに時間をつみかさねていれば、そんな話がこぼれたのかもしれません。先のぼたんのわらべうたにあるとおりです。「おまえにやる花じゃないよ。けれども、その花は、おまん(おまえ)と私が見ている花だよ」と。

 

そういえば、2016年に社会問題となった投稿「保育園落ちた日本死ね!!!」は、ネット空間にあげられた叫びでした。沈黙をやぶらざるを得なかった匿名の声は、次々と「保育園落ちたの私だ」という声を露わにさせ、それまでゴースト化していた待機児童や、子守りと働き方、保育園と保育士の閉塞的な状況を認識させました。

 

うたったことがない、うたわざるをえない、そして、うたにすらならない声。たえがたい沈黙から生まれてきたその声を、どのように聞きとるかで、かつての子守唄も守子唄も、歴史の所産ではなく、その沈黙によりそううたとして、うたいつぐことができるのではないか。弱さを選んだ私たちのために、つどい、うたい、声をひらいてゆく場を育て続けていきたいものです。

井上博斗 【いのうえ ひろと】

1983年香川県生まれ、トランス・ナヴィゲーター。3児の父。幼少より郷土芸能に親しみ、日本各地の神事芸能や現代舞台芸術に足を運ぶ。2010年より岐阜県郡上を拠点に、わらべうた、作業唄、踊り唄、祝い唄の採集と伝承をライフワークとし、民謡バンド「GUNSOKAI」として活動。2020年より、声・うた・からだの探究と感応を促す「トランスワーク」を開発、各地でWSを開催。近年は、山伏修行もつとめ「山伏鵺(ぬえ)神楽」などの創造的奉納に励む。「源流遊行」(長良川カンパニー)、クラフトアパレル「ODORIGI」など、土地と人の関係をとらえなおす企画やメディア編集、ブランディングも行う。2025年5月に編集長として制作したzine『源流遊行MANUAL』vol.1を発行。

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