連載

井上博斗

土曜更新
うた・こえ・からだをひらく
感応閑話

第6話 沈黙によりそううた(前編)

「オリ(俺)は働きどおしで、ひとつもうたをうとうたことがないじゃ」

 

わらべうたの聞き取りを続ける中で、土間でらっきょの皮をひたすらむきながら言われた、おばあさんのこの言葉に、何も返すことができませんでした。

 

手をとめることなく生き生きと働くその姿に、施設に入られて会えない今となっては、彼女の暮らしの場に何度もたずねればよかったと後悔がつのります。当時の私はまだうただけを追いかけていて、その基層にある暮らしに意識がとどいていなかったのです。

 

それから何年もたった2018年の夏、1人目のこどもが生まれました。当時、私は肉体労働を続けていて、日中の育児は妻のワンオペに頼ることになりました。私たちは岐阜県郡上の中山間地域への移住者で核家族。初めて住んだところは同世代の友人も近くにおらず、産後1か月は子宮、骨盤を休めるために横になっておくことが大事なので、日中は数少ない知り合いに作りおきの料理や、家事をたのみながら乗り越えていたものの、妻はいわゆる産後うつのような状態に陥っていきました。

 

今では、3人のこどもたちのハチャメチャぶりに呆れたり怒ったりと楽しませてもらっていますが、どうしてあんなにつらかったのだろう、と妻と時々ふりかえることがあります。

 

妻は、「出産から子育ての何もかもが初めて、というおそれ、圧倒的な緊張感のせい」だと言います。「もし、自分の一挙一頭足でこどもを傷つけたり、一生にかかわる障がいを負わせたらどうしよう」という、まだ起きてもいない不安にさいなまれながら、授乳による寝不足や貧血、体力の戻らなさやホルモンバランスのくずれなど、あらゆるマイナートラブルとたたかっていたのでした。

 

また、1日20回近く変え続ける布おむつによる子育て、そして母乳育児を全うしながらも、何が理由かわからずに泣いている乳幼児と母1人で過ごすこと、それにたえられないという感情も、みんなはやれているのにという比較や、社会でささやかれる母性愛の前では、自分がダメなのだという自己否定のループに陥っていきました。

 

ところで、出産時に最も多く出るエストロゲンという卵胞ホルモンが、産後には減少してしまうことが産後うつ、精神的不安の理由の一つといわれていますが、それは人類がとった子育て戦略なのではないか、という指摘があります。(『NHKスペシャル「ママたちが非常事態!?~最新科学で迫るニッポンの子育て〜』)

 

このドキュメントでは、カメルーンのバカ族を例に、人類が最も長くとってきた生活形態である狩猟採集社会からみた子育てが、群れで行う共同養育である理由の一つとして、むしろ母が、親族や仲間たちに育児を託せるように、卵胞ホルモンを減少させているのではないか、というのです。

 

出産にとてつもないエネルギーをつかうとはいえ、人間以外の動物の母と子が、産後にすぐ立ったり、走り出せることを考えると、人間がとった産み育ての弱さの戦略は、コミュニティや共感のあり方を変えたのかもしれません。バカ族において驚くのは、代理母のような存在が無数にいて、実の母が乳幼児を抱く時間が、平均20分、長くて40分以下にとどまるということです。

 

日本のかつての村落共同体でも、みんなで子育て、まわりの女性たちが授乳やおむつがえまでやったよ、みたいな話があふれていますが、現代のどうにもならないワンオペの渦中では、そのような知見も気休めにもならなかったでしょう。

 

子育てを支えてくれたうた

 

さて、そのたえがたい不安をまぎれさせたものの一つが、わらべうたでした。妻は私がうたうわらべうたを聴き覚え、子を寝かせるための子守唄として、そして自らを守るためにもうたっていたのでした。

 

ねんねこさんねこ酒屋のこ ぼうやはよいこだねんねしな ねるとねりもちあげましょう なーくと長持ちしょわせるぞ

 

眠るならねりもちをあげよう、眠らなければ長持ち(衣服などを入れる大きな箱)を背負わせるぞ、というおどしなのですが、うたの節(ふし)はとてもやさしく「ねんねこさんねこ酒屋の子」で始まる類歌が中国地方と九州地方にあります。また、こんなに長い寝かしつけうたもあります。

 

むかいの山に猿が三匹とおる 前の猿ものいわず 後の猿もものいわず 

まんなか子猿がものいって あの山こわいて堂たてて 堂のぐるらに花まいて 

一本折って笠にさし 二本折って腰にさし 三本目に日が暮れて 

からすの宿かりょか からすの宿ふんだらけ 

とんびのやどかりょか とんびの宿もふんだらけ 

すずめの宿かりて 朝おきてみたら 

めんめこいい こん女郎が こがねの盃手にうけて

一ぱいまいれ上戸どん 二杯まいれ上戸どん 三杯目に肴がのうてようみゃあらん 

おらがうちの肴には 白瓜 唐瓜 ばんば瓜 海の中のこはまぐり  (名古屋)

 

調べてみると、もともとはお手玉を投げて遊ぶためのうたによく似ています。風景が次から次へ移り変わって物語が不思議な加速力で進んでいくために、ある程度長く筋を追っていくうちに寝てしまう、寝かしつけうたになったのかもと感じました。

やさしいリズムでからだをとんとんされながら、うたの最後に韻をふむことで現れる「こはまぐり」のところで、女の子だったらお股をポンと押さえて、まだ寝ないこどもを笑わせたのだそうです。

 

私もひたすらうたいました。子どもがお腹の中にいるときからうたっていたせいか、毎晩布団で隣あって、せがまれるだけわらべうたをうたい続けました。寝かしつけ唄では足りず、自分が知っているあらゆるわらべうたを総動員していると、子どもはどんどん覚えてゆくのです。

 

いちりっとら らっとりっとせ せがほけきょ たかみくら ちょんま〜げ

にいりっとら (以下繰り返し) (郡上)

 

これはまりつきのうたで、頭の数字が増えていくのですが、音の面白さで、しりとりが始まったかと思うと後半はイメージが飛躍していくという転調。早く寝かせなければ、という強迫からのがれて、ことばと音のころころとした景色が現れてくるのでした。

 

私が泊まりの出張で夜も家にいないとき、あまりに子が泣いて寝ないので、自動車免許のなかった妻は、おぶって外に出るしかなかったといいます。月は皎々(こうこう)と冴えて、いったい何でこんなにつらいのかもわからず、ただ歩くしかない中で、彼女の最も好きなわらべうたが口から出てくるのでした。

 

庄屋さんのうらにぼたんがさいて

ひと花ほしや ふた花ほしや

おまえにやるとの花ではないが

おまんと私のみる花じゃ ああみる花じゃ  (可児)

 

◎後編につづきます

井上博斗 【いのうえ ひろと】

1983年香川県生まれ、トランス・ナヴィゲーター。3児の父。幼少より郷土芸能に親しみ、日本各地の神事芸能や現代舞台芸術に足を運ぶ。2010年より岐阜県郡上を拠点に、わらべうた、作業唄、踊り唄、祝い唄の採集と伝承をライフワークとし、民謡バンド「GUNSOKAI」として活動。2020年より、声・うた・からだの探究と感応を促す「トランスワーク」を開発、各地でWSを開催。近年は、山伏修行もつとめ「山伏鵺(ぬえ)神楽」などの創造的奉納に励む。「源流遊行」(長良川カンパニー)、クラフトアパレル「ODORIGI」など、土地と人の関係をとらえなおす企画やメディア編集、ブランディングも行う。2025年5月に編集長として制作したzine『源流遊行MANUAL』vol.1を発行。

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源流遊行HP https://genryu-yugyo.com