連載

kai

Magical Mayberry Muffins
Episode 1 Can you hear?

by kai

 

How Beautiful……。今日のサンセットは、なんて美しいのかしら。パープルに染まったこの空、まるでDiana Rossのドレスみたいじゃない? だってほら、よく見て。もう星が出ていて、それがスパンコールのようにきらめいているわ。海面に波が立つたびに、ドレスの裾がシャラシャラと音を立てて揺れているみたい。こんなゴージャスなショーが見られるなんて、ほんと、この町に住んでいてよかったわ。
……って、やだ!!!! あんた誰!?
って、そちら側のセリフよね。あたしったら、あまりに空がビューティフォーすぎて、知らない人にごく自然に話しかけちゃってたわ。アメリカに住んでいたから、見知らぬ人にも平気で話しかけちゃえるようになったみたい。I’m so sorry。
気を取り直して、自己紹介させてもらってもいいかしら。
あたしは、エンヌ・エイ・オーと書いて、Nao。この近所に住んでいるわ。3年前までは、アメリカの西海岸・Berkeleyにいたんだけど、今はこうして湘南ライフを満喫中よ。サンセットタイムになると砂浜を散歩して、太陽が沈んでいくのを眺めるのが日課なの。
やだ、ちがうちがう、あたしは純粋な日本男子よ。だって見てよ、この超和風な奥二重。でも案外、こういう顔立ちって、海外のメンズに人気あんのよ。あら、なんの話だった? あ、そうそう。あたしは純度100%の日本人なんだけど、一時期、仕事の関係でアメリカに暮らしていたのよ。向こうにいたのは、8年とちょっとかな。帰国した理由? まぁ、感染症のこととかいろいろあったんだけどさ、一番大きな理由は、パートナーだったJackとお別れしたからなの。
あの日のことは、今でも昨日のことのように覚えているわ。
JackとSonoma Valleyまでドライブをした帰り道、Golden gate bridgeを一望できる高台へ、サンセットを見に行ったの。Californiaの乾いた空気のせいか、空のオレンジがおどろくほど鮮やかだった。グッドルッキングでジェントルな彼と一緒に、こんなにも美しい景色を見ることができるなんて、あたし、この世界にとても愛されている。そう思えた。沈んでいく太陽も、空も、風も、そして、隣にいる彼も、あたしにたくさんの愛を与えてくれている、って。幸せだな、って思った。
「Nao」
少し高めのウィスパーな声で、Jackはいつものようにあたしの名前を呼んだ。「ん?」。あたしはとびきりスウィートな表情をセットして、彼のほうを振り向く。彼はあたしより10cmも背が高かったから、あたしは自然と上目遣いになる。Golden gate brigde。美しいサンセット。そして、あたしの上目遣い。全てがパーフェクトだった。そこに「I Love You」の言葉は、あまりにも似合いすぎていた。あたしは彼からのその言葉を待った。パーフェクトのさらに上、ってあるのかしら? そんなことを考えながら。
Jackは、おそらくこれまでで一番やさしい微笑みを、あたしに向けた。そして言った。
「It’s time to let go……of what our love has been」。僕たちの愛を、手放す時がきた、と。
……やだ、あたしったら、目からレメディが。ありがとう、ハンケチ、お借りするわね。洗って返すわ。そう、彼が口にしたのは「愛してる」ではなく、「愛を手放そう」の言葉だった。皮肉にも、それは彼の愛がもっとも感じられた言葉だった。
あたしは言ったわ。
「Yes. I feel it too. But this isn’t the end……it’s the beginning of something new for us」。あたしもそう思うわ。でも、これは終わりじゃない。あたし達にとって、これは始まりなの。
……ってね。
そして、あたしは帰国を決めた。始めようと思った。いや、始まるんだと思った。あたしの人生の物語の、新しい章が。で、海と山に囲まれたこの町が、次の舞台になった、というわけ。
覚えておいて。どんなことも、始まりのファンファーレなの。その音を耳にしたら、次の章に進むしかない。寂しくても、恋しくても、手を放して、前に進まなければならないの。絶対に大丈夫。全てパーフェクト。だって、あたしは愛されているのだから。沈んでいく太陽も、空も、風も、この砂も、波も、この世界の全てがこんなにもあたしを愛してくれている。そのことを信じて、委ねるの。なにもかもを。するとその先に、こんなふうにDiana Rossのドレスみたいに美しいサンセットが待っていたの。もちろん、あなたとの出会いも。世界はいつも、こうして愛というギフトをあたし達に与えてくれている。You know?
ねぇ、LINEのアカウント、教えてくれる? ハンケチ洗ったら、お返ししたいから。ほら、あたし達のあいだにも、友情のファンファーレが聞こえる気がしない?

 


(この物語はフィクションです。実在する場所が登場しますが、登場する人物・出来事は全て架空のものです)

kai 【かい】

セラピスト、アーティスト、文筆家。2011年よりスピリチュアル・カウンセラーとして活動(2020年に休止)。現在は鎌倉のショップを不定期で運営しながら、アート表現、執筆、講座などを行う。主な著書に『kaiのチャクラケアブック』(エムエム・ブックス=刊)、服部みれいとの共著『自分を愛する本』(河出書房新社=刊)。2026年初頭には、服部みれいとの共著による新刊が徳間書店より発売予定。また、2025年秋に発刊したライトノベル『PEACEFUL PLUOT PIE』(個人出版)は、この物語の前日譚である。2026年初夏には、みれい☆かるちゃ~☆すく~るで第1チャクラ講座を開催予定。