みんながみんな
一番わくわくすることをしたら
どうなっちゃうんだろう?
このことを真剣に考えるようになったのは
murmur magazine for menで不食でも生きられる人たちの特集を組んで
不食や限りなく不食に近い方々と実際にお会いし、取材して
「仕事をしなければ、食べていけない(生きていけない)」という既成概念がはずれたことが
なによりもおおきかったです。
それから、今までは自分の働き方ばかり気にして生きてきましたが
社長になって、妻やスタッフから全然違う会社の会社員の方や公務員の方まで
他の人たちの働き方についてもよく考えるようになったのです。
そして、前述した疑問が生まれました。
この疑問の答えを知るためには
まずはなにより「ぼく自身が一番わくわくすることをする」
このことにかぎる、と思いました。
「よし、一番わくわくすることをしよう」
そう思ったのですが、なかなか「一番わくわくすること」が思い浮かびません。
日々の仕事ややっていることに一番わくわくしている、とも言えるし
「ほんとうに一番わくわくしている? もっとあるんじゃない?」と
聞かれたら、そんな気もしてくる……。
「いやこれこそ一番わくわくすることだ」と無理やり定義することも
できそうだけれど、なんだか気が進まない……。
そしてぼくはなにかヒントはないか、と本棚の本をパラパラとめくりました。
するとこんな文章を見つけました。
『毎瞬、毎瞬、自分ができる範囲で、一番ワクワクすることの糸をたぐることです。
これには「統一性をもって」ということが加わります。
これはどういう意味かというと、本当のワクワクからくる行動と、
なにかを怖れ、今の状況から逃げたくて起こす行動とでは、微妙に違うということです。
自分で「これは一番ワクワクすることだ」といいながら、「本当は、もっとワクワクする
ことがあるのだけれども、それは、ちょっとできないだろう」と思っているときもあります。
ですから、今、いったようなことを実際に行っていくには「子どものような無邪気さと
本当の正直さ」が必要です。
覚えておいて欲しいのは、心配とワクワクする気持ちは、
同じエネルギーだということです。
自分の真実の部分を疑うとき、心配になります。
統一性をもって、無条件の信頼をしているとき、
それが、ワクワクを感じるエネルギーとなります。
ワクワクを感じているからといって、いつも、ピョンピョン飛び跳ねているということではありません。
ただ、深いところで確信を感じながら、自分が、今、なにをやりたいかを知っている、ということです。
そして、今、なにをすれば、自分が、一番喜びを感じられるのか知っている、ということです。
このようにして遊ぶとき、遊びは力、パワーとなります。そして、このようなパワーは、
本当の意味での遊びとなります。
これが「完全な自由」です。』
(バシャールペーパーバック⑥ VOICE新書=刊、より抜粋)
長い引用となりましたが、
ぼくはこの文章を読んだ後に
「まぁあんまり考えすぎず、今じぶんが想像出来る範囲で
一番わくわくすることに取りかかってみよう」と思うことができました。
子どもの頃、夢中で遊んだときのような気分で、制限をつけずに、と心がけました
(心がける、というよりもあまり考えずに勢いでやっちゃう、という感じで)。
そしてぼくは”あること”をやりはじめるのですが、このことに関しては
また次回以降にお伝えするとして……(もったいぶるわけではないのですが)