土曜更新
うた・こえ・からだをひらく
感応閑話
第11話 いのちの躍動は、からだからはじまる(後編)

(河井寛次郎の絵葉書より)
からだで覚える遊び
さて、不登校になった息子が、自分の好きなことを思う存分に学校でできるようになったからといって、彼が学校に行き続ける、あるいは学校に行かなければならない、と信じているわけではありません。とりあえず彼がやろうとしているのは、自分の好む遊び、あくなき探究です。現在、学校は激しい変化にさらされていますが、意図された学びと評価による枠組みが強く指導されているため、学びに内在する遊びや探究がおざなりになりがちです。
もちろん前話の私のように、教科や時間割、評価があることで、学びのなかの遊びがうながされるこどももいます。授業では学ぶことの喜びを伝えられる先生たちとの出会いも関係していますが、宿題で出された毎日の音読や日記、漢字や計算に夢中になったり、格闘していたことは、確かに私の素養、感応のベースとなって今も息づいています。
ただ、息子が学校において家でやっていることと同じことをやったところで、それはあくまで家と同じ空間をつくったに過ぎず、それでは何のためにわざわざ学校行くのか、という問いは残ります。そして、再登校を1週間やってみて、言葉にはしませんが、どこかで彼もそのような甘いむなしさを、うっすら感じはじめてもいるようなのです。
ところで、京都に誉田屋源兵衛(こんだやげんべえ)という江戸時代から続く帯の元卸(もとおろし)屋さんがあります。当代十代目の源兵衛さんは元卸しだけでなく、銀箔や和紙、写真や書画を織り込むという異端の帯作りや着物づくりをされているのですが、その織りの職人たちは、5歳にして絡まった糸玉をあたえられてそれをほどくことを遊びにして育つのだとお聞きしました。親も職人ですから、かつての農家と同じように、小中学校には行かず行かせずなのです。というのも現行の教育では何事も脳で考えてしまうから、手で遊び、手で考え、手で覚えることが大事なのであって、それも高校や大学を出てからでは、当代の不可能を可能にする織りに挑戦しようとするには遅すぎる、というのです。
私には、息子を何かの職人にしようという意図はありませんから、時代も文脈も違うのですが、それでもこの手で遊びながら覚える、というのは大切なことのように思います。手足での遊びや修練は、眼から脳を介さずに、まるで手足に目があり、考えているのではないかと思えるほどのスピードや確かさを生み出します。そこには不安や迷い、比較や恐れがないばかりか、手足が新しい世界をひろげ、いのちが自由に思考していくようないきいきとした創造性が宿っているようです。
日本屈指の佐官職人として有名な久住章(くすみ・あきら)氏のこどもたちも、小学校にあがるときのお祝いに、佐官道具のコテをあたえられ、そのコテで桶のなかの水をなでることが遊びかつ宿題とされていたそうです。独立してから、昼夜問わずの突貫工事でたまたま停電になったことがあったそうで、久住さんは真っ暗な中でも壁を塗るのは平気でできたけれど、電気が戻ると、他の職人は手が止まっていたというのです。
一方、小学生だった久住兄弟がいやでたまらなかったのは、毎日の土ふるいだったそうで、「ふるっとけ」と言われた先には大人の背丈以上もある土の山。その土から砂利をのぞいて、細かい砂を取り出すために、網カゴに土を入れ、両手でもってふるうのですが、山は無限にあっていつまでも終わらないわけですから、大人にとっても単調かつ、腰や腕がしんどい作業です。ある日、久住兄弟は、親に反抗してその宿題から逃げ出したそうですが、結局それは佐官仕事のベースとなるものであり、今その兄弟が華々しく活躍する舞台現場、その高い技術の土台が、そうした日々にあることは、言わずもがなでしょう。
ただ、からだで覚え、それがしみこんでいたならば、他の人にとっては超人芸ですけれども、本人からすれば呼吸することと同じことになる、ということを親がどう育むか、というのは意図すればするほど難しい話かもしれません。私たちは、いつも本人の、あるいは自分のやる気があるか、ないかを問題にしようとするからです。
食器洗いに見るやる気の変容
今からさかのぼること5年前、私は毎食の食器洗いを担当していました。しかしながら週に一度くらい、夕食を食べ終えた食器を朝まで洗い残すという、まことに残念な事件を起こしていました。となると、妻も大変な怒りようですし、私は私でなぜ洗いおさめることができないのか、その時の自分のやる気のなさを責め続けてもいました。洗いたくても洗えないんだ、なんて言い訳にもなりません。
それがやはり1年ほど続くので、仔細(しさい)に自らの行動を点検してみることにしました。そうすると、洗い残す日の行動順序が見えてきたのです。それは、食後にお風呂に入った後は必ず洗い残している、ということでした。食事と食器洗いの間にお風呂をはさむと、なぜか洗いたくなくなる、からだが湯船でゆるんでしまった後に、ビチャビチャと水にふれたくない、そんな身体感覚があることに初めて気づいたのです。
そこで私は自分にこのように問いかけることにしました。夏の汗だくのからだであっても、食後にお風呂に入りそうになる自分がいるとき、「おい、大丈夫か? 今お風呂に入ったら食器洗いができなくなるぞ」「おっと、そうだった、助かるぜ」てな具合に、食器洗いを済ませてからお風呂に入るようにしたところ、二度と洗い残すことがなくなりました。もちろん、いつもお風呂に真っ先に入ってしまえば、もっとことは簡単だったのかもしれませんが。
からだには、意図や意思の前に、からだが選ぶ順序がある、それはやる気の問題ではなかったのだ、ということを食器洗いから理解してからまた1年ほどたったとき、今度はそのような順序すらもとけて、お風呂に入った後も、何の抵抗もなく食器を洗っている自分がいました。そしてまたしばらくすると、笑えるほどに、まあ今日は食器洗いをやらなくてもいいや、とサボることすら選べるようになりました。この効果は絶大で、食事すらも自分や妻が作らなくてはいけない、といった担当や義務感からも自由になり、そのときの状況でお互いをフォローできるまでに、私たち夫婦の関係も進んだのです。
からだの不自由と勢いをみよう
ここには担当や役割に課される、からだの抑制や不自由がありながらも、それがとけてゆく可能性が示されています。担当が決められていることは確かに便利なものですが、今の私はこの先ずっと食事を作ることになっても、食器洗いをやることになっても、むしろ役割化されていないがゆえに、進んでつとめることが、長い時間をかけてできるようになっているというわけです。
それは、あの織りや佐官の職人のような超人芸ではないにせよ、しだいに呼吸するようになされてしまうからだの状態です。掃除をしたり、おむつをかえたり、ご飯を作ったりといった家事の一つに過ぎないことが、やる気の問題ではない、と覚(さと)ったことは私にとって大きな発見でした。ゆえに、私はやる気のなさでこどもを責めることは、まったく意味のないことであり、あらためて、私たちのいとなみ一つひとつを、からだの勢いや状態から見直すことは、より感応的な世界をひらくことになるのだと思います。
とある小学校の授業のグループワークで、自分たちで調べに調べたことを生成AIに投げ込んで発表するという方法を選んだこどもたちがいたそうなのですが、最後に小学生たちが発表してみて気づいたことは、ここには自分たちが苦闘したプロセスや、調べてゆくなかで感じた喜び、学びことで変化する勢いがまったく入っていない感じがする、ということだったそうです。
からだで感じるこのようなわだかまりや滞り、おのずのからだの勢いをみとめることこそ、AIとの対話や学校といった場であれ、大切にしなければならないいのちの起点、人間のよすがとなるのではないでしょうか。つまずき、病気をし、やる気を失ったと感じるなかで、別の流れをもち、他の場所から幾重にも立ち現れてくる私たちのからだ。意思や意図は、そのようないのちの躍動のなかで生成されていくものでしょう。
だとしたら、その人に何がやりたいかや何ができないかといった意志の発露や否認を問うだけではなく、すでにどのようにからだが動き、叫んでいるか、もしくはどのように動きづらく、叫べないかを見てみることで、ひらけるものがありそうです。
河井寛次郎の「手考足思」ではないけれど、自分がこどもの頃、からだの勢いを抑制されることがなかったように、やる気のなさを責められすぎて、からだが麻痺しなかったように、自分にも他者にもこどもにも、そうありたいと思うこのごろです。

1983年香川県生まれ、トランス・ナヴィゲーター。3児の父。幼少より郷土芸能に親しみ、日本各地の神事芸能や現代舞台芸術に足を運ぶ。2010年より岐阜県郡上を拠点に、わらべうた、作業唄、踊り唄、祝い唄の採集と伝承をライフワークとし、民謡バンド「GUNSOKAI」として活動。2020年より、声・うた・からだの探究と感応を促す「トランスワーク」を開発、各地でWSを開催。近年は、山伏修行もつとめ「山伏鵺(ぬえ)神楽」などの創造的奉納に励む。「源流遊行」(長良川カンパニー)、クラフトアパレル「ODORIGI」など、土地と人の関係をとらえなおす企画やメディア編集、ブランディングも行う。2025年5月に編集長として制作したzine『源流遊行MANUAL』vol.1を発行。
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源流遊行HP https://genryu-yugyo.com
