連載

井上博斗

土曜更新
うた・こえ・からだをひらく
感応閑話

第5話 冬に咲くいのちのうた

かってこかってこなんまいだ かってこかってこなんまいだ

 

岐阜・郡上(ぐじょう)のお歳とり(歳越しのこと)も無事におわり、あたりはすっかり雪景色。ぐっと冷え込んだ夜の翌日が、とびきりの晴天だったとしたら、見渡すかぎりかちかちに凍った雪原「かってこ」になります。

 

このわらべうたを教えてくれたおばあさんの幼い頃は、除雪車などないため、車道すらも雪にうまって、文字どおり一面の白い世界を歩いて学校にかよったのだとか。フカグツ(深靴)と呼ばれた藁で編んだ長靴で登校し、着いたら、しみた(冷え凍った)足をダルマストーブであたためたのだそうです。

 

「かってこ」の楽しさは、なんといっても雪に足が埋もれることなく、その雪氷の肌をてくてくと歩けること。どこまでも歩くうちに、「なんまいだ(南無阿弥陀仏)、なんまいだ」と口からついて出てくるのは、かつてちょうどこの時期に歩いて托鉢(たくはつ:お経を唱えて施しを受けること)をするお坊さんが、自らにかさなったのではないでしょうか。
旧正月や節分あたりのやわらかな日差しに照らされて、雪がとけつつ氷る「かってこ」で、こどもたちが連れだってうたうその姿は、春を呼ぶ氷上の座敷わらしだったに違いありません。

 

「花奪い祭り」として発展した、白山長滝神社の「六日祭り」

 

さて、郡上では新年気分も落ち着こうとする1月6日に、白山長滝神社にて「六日祭り」が行われます。祭りでは、「延年(えんねん)」といって、かぎりある年・いのちをひき延ばすための歌舞・管弦楽が、平安時代から貴族や仏僧の間で開かれ、田楽(でんがく)などの芸能も吸収しながら伝えられてきました。しっかりとした延年の体系を残しているのは、岩手の毛越寺(もうつうじ)と、この「長滝の延年」の二つだけといわれています。

 

どうして真っ昼間からそんなパーティーをやってきたのでしょうか。ここは、かつて白山中宮長滝寺(はくさんちゅうぐうながたきでら)と呼ばれた神仏習合の宮寺で、白山信仰のもとに集まる僧侶、山伏たちの修行の場でした。特に大晦日から7日間は、修正会(しゅしょうえ:お正月のこと)の法会(ほうえ)があり、お経をひたすら読んだり、様々な加持祈祷や儀式をしたようです。それが達成された結願(けちがん)の日である1月6日に、儀礼としての遊宴(ゆえん)を開くわけです。

 

長滝寺は、もともと間口33メートル、奥行き25メートルの大講堂だったのですが、清らかな水を生命線とする白山信仰が庶民の間でも広がると、こうした儀礼にも、境内に溢れるほどの参拝が増えていきます。そこで、誰もが観覧できる外の拝殿で行われるようになったとき、華やかな六日祭りとして知られるようになったと想像できます。

 

お酒と山里のご馳走(菓子とよばれる)をめいいっぱいふるまいながら、春の風物に彩られた狩衣(かりぎぬ)などの見事な衣装で、これでもかと歌や舞を披露する延年の舞は、山伏坊主たちの必須習得科目でもあったそうで、能や歌舞伎では、やはり山伏装束を着た弁慶ものの演目において見ることができます。

 

さて、「花」は仏教や芸能でも、その道の核心と悟りを知らしめるメタファーとなってきましたが、長滝の延年でも、稚児(ちご)がかぶってきた壮麗な花笠をほめる歌にはじまり、冬から春にかけて目覚めるいのちを表していることがわかります。拝殿の上で、梅の精と竹の精の舞につれてうたわれるその一部を挙げると、

 

「雪しばしおもけなるぬる共花の 影に宿らんぬる共花の」 梅の精

 

「さながらに雪ぞ降る桜がもとの 花の下風桜がもとの」  竹の精

 

とあり、雪の影にやどるであろう花が、桜であるとうたい応えています。

 

現在も氏子たちの手によって準備されるこの色とりどりの紙花は、桜、菊、牡丹、椿、芥子(けし)の五つの造花と決まっており、かつては御百姓さんが育てる五穀や桑蚕(そうさん)の豊穣祈願を中心に、そして今もなお、厳しい冬を越えるための生のあらゆる希求をになう象徴になっているのです。

 

ところが、私たち庶民というのは、黙って見物するばかりではないんですね。そのありがたい花を、奪ってでも持ち帰りたいという人が出てきます。16世紀の天文時代から始まったとされる花奪(はなば)いは、奪われるほうの稚児も大怪我をしたという口伝(くでん)が残るくらいで、今は拝殿の天井に吊り下げられています。

そのため、今度は人のやぐらを3段に組み、てっぺんの1人が花笠にくらいつき、ひきちぎって落とすようになりました。そのさまが、あまりにも激しく人気を呼び、しだいに六日祭りは「花奪い祭り」の名前で知られるようになりました。

 

叫び、どよめき、花奪いにいのちをかける男たち

 

私も郡上に来て、何が驚いたって、夏の徹夜踊りの漸次的な高揚に対して、真冬の昼日中に、しずしずと延年が歌い舞われるという雅びで平らかな境地のなか、いきなりこの花奪いが始まるという、エネルギーの序破急(じょはきゅう)と混沌です。何だったら、もはや延年はそっちのけ。

 

人の波にもまれながら、大人がこどもをつきとばしてまで花を奪うのを目にしたときから、私もこの祭りの、聖俗や礼節を荒々しく越えていくダイナミズムを味わうために、ふだん出すことのない争奪の怒気を、毎年この日だけ一気に開放することにしているのです。

 

といっても、花奪いのドラマは実に人それぞれです。ただ人いきれの外で立っているだけなのに、拝殿天井で揺さぶられる串花が、ひらひらふわふわと自分の手に落ちてくることもありますし、つかんだ竹串が誰かにまたひきぬかれて、手の平がすっぱり切れて血だらけになることもあります。

 

そして上からは、高さ6メートルから花笠をつかんだ人が落ちてきますから、それを受ける土台は大変危ないし、かといって、下の群衆が押し合いへし合いして、もみくちゃになっていないことには、花笠をとった人は土間にたたきつけられてしまうわけです。

 

私が狙うのは、やはり人やぐらのてっぺんに上って花笠をひきちぎる主役、花男です。誰がやってもよいため、いつもそこが最大の喧嘩であり、上るタイミングの探り合い、駆け引きのしどころでした。

 

ただ、この勇壮な祭りも、少しずつ若い人が減り、上りの争いが少なくなってきています。しかし下での花の奪い合いは今も変わりません。そして、かつて稚児の頭におさまっていた花笠の芯である輪転(りんてん)を、拝殿の外にまで引きずり出し、雪に埋もれた境内で取り争うことに、いのちをかける男たちがいるのです。

 

藁で太く縛りあげた、大きなドーナツ状の輪を、さらに白紙でつつんだ美しい輪転。そこに幾人もの腕が差し入れられたまま、時に怒号を飛ばしながら顔を真っ赤にして転げ回ってもなお、決着がつかず、最後はジャンケンで勝った者が手にできるのは、なんだか滑稽でもあります。

 

しかし、手にするやいなや福男に様変わり。季節が変わって、ふと偶然に入った商店や個人宅で、うやうやしくまつられた輪転に遭遇すると、その穴から、花奪いの叫声とどよめき、あの花ぼめの歌が聞こえてきて、やおら合掌したくもなるのです。

 

雪原で唱えられた、青空にどこまでも響くこどもたちのナンマイダ、そして長滝の延年と騒々しさは、冬にちぢこまるからだの躍動を奪還し、まるで逆流する血のように、熱いいのちを殖(ふ)ゆらせる、そんな冬越しのうたであり、叫び声だといえるでしょう。

井上博斗 【いのうえ ひろと】

1983年香川県生まれ、トランス・ナヴィゲーター。3児の父。幼少より郷土芸能に親しみ、日本各地の神事芸能や現代舞台芸術に足を運ぶ。2010年より岐阜県郡上を拠点に、わらべうた、作業唄、踊り唄、祝い唄の採集と伝承をライフワークとし、民謡バンド「GUNSOKAI」として活動。2020年より、声・うた・からだの探究と感応を促す「トランスワーク」を開発、各地でWSを開催。近年は、山伏修行もつとめ「山伏鵺(ぬえ)神楽」などの創造的奉納に励む。「源流遊行」(長良川カンパニー)、クラフトアパレル「ODORIGI」など、土地と人の関係をとらえなおす企画やメディア編集、ブランディングも行う。2025年5月に編集長として制作したzine『源流遊行MANUAL』vol.1を発行。

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