「ケルベロスの目」
目が悪くなった。なので、久しぶりの眼科にて視力検査をしてもらう。最後に検査したのは何年も前だろう。結果は右目が0.2、左目が0.3。えらく悪くなった。以前に測ったときはもう少しよかったはず。正確な値は忘れたのだけれども。あとは何だろう、色の見分けもつきにくくなった。例えば、緑と赤の違い。スイカなんてのっぺり見え始めてきている。そして何となく世界が黄色がかり始めてもいる。さいきんの話。ただ、夜は違う。以前よりも暗いところが見えるようになった。気のせいだろうか。
目が見えにくいのでめがねをかけた。確かにぼんやりしていたものの輪郭がはっきりし、黄色がかっていた世界も次第に色を取り戻し始めた。視力はよくなった、と言える。けれども夜の暗がりであれほど見えていたいろんなものが見えなくなった。気のせいだろうか。
やはり目の調子が悪い。ふたたび眼科に行く。医者曰く、目を取り出して洗ったほうがよいと。言われた通りに目を取り出し、ひと通り水洗い。ところが目を戻そうとしたがうまく入らない。医者曰く、水でふやけたのだろう、ちょっと天日で乾かしたほうがよいと。目を縁側に並べ昼寝。どれくらい時間が経っただろう、目の辺りの違和感で目を覚ました(目はないのだが)。医者を呼び目の違和感を訴える。医者曰く、天日干ししていた目玉が犬に食べられてしまった、と。しかたがないのでこの犬の目で間に合わそう。代わりにその犬の目を入れてもらいその日は帰った。
2日後、眼科にてふたたびの視力検査。結果は右目が0.2、左目が0.3。色の見分けもつきにくくなって何となく世界がふたたび黄色がかり始めてきた。ただ、夜は違って暗いところが見えるように。気のせいではない。
視力を失った人間の助けを犬がしている歴史は思いのほか長い。最も古い記憶を辿れば紀元前からの歴史があるという。いまで言えば盲導犬。いわば人間の目の代わりに犬の目で世界を見ること。写真集『マリイ』に写る写真家松岡一哲の妻のマリイ。とりわけこちらを見つめる印象的な視線とともにその傍らでこちらを見つめる目がもう2つ。ある時はマリイの目が閉じている時にも目を開き、こちらを見つめる。想起するのはギリシア神話に登場する犬の怪物・ケルベロス。ハデスが司る冥界の入口を守るケルベロスは3つの頭を持ち、眠らない。ここで気づくことがある。写真集『マリイ』に写る犬が決して眠っていないことに。ハデスが放った番犬はその最愛の相手ペルセポネの傍らで眠ることなくわれわれを見つめる。右目0.2、左目0.3の視力で。

*2011年9月にテルメギャラリーで行われた松岡一哲による写真展『東京μ粒子』に際し、松岡一哲を冥界の王ハデスとみなした「オリンポスの手」というテキストを寄せた。「ケルベロスの目」はその続編とも言える内容であり、落語「犬の目」にも想を得たものである。



「オリンポスの手」
ギリシア神話に登場するオリンポス山は、標高2917メートルのギリシアでは最も高い山の一つであり、ほとんどの神はこの山に住んでいると信じられていた。マケドニアからの風とエーゲ海からの風がぶつかり合うところに位置し、山頂には一年中、雲がたちこめ、その様子をうかがい知ることはできない。ギリシア神話に登場するその山にはゼウスの兄弟姉妹で構成される主要な神々がおり、「オリンポスの12神」と呼ばれた。
12神とは、ゼウス、ポセイドン、ヘラ、デメテル、アテナ、ヘパイストス、アレス、アポロン、アルテミス、アフロディーテ、ヘルメス、ヘスティアであるが、ヘスティアの代わりに同じゼウスの子ディオニソスが加わることもある。しかし、ゼウスの弟であるハデスは、12神には数えられない。
ゼウスとハデスの父クロノスには3人の息子がいた。ある時、その3人で、この世界を分け合うくじ引きをした。結果、ゼウスは天空、次兄のポセイドンは海、ハデスは冥界を獲得した。冥界とは、善人悪人に関係なくあらゆる死者が最後にくる場所で、いわゆる地獄ではない。ハデスが、ギリシアの神々の中ではきわめて高い地位の神でありながら、オリンポスの12神には数えられないその理由は、ハデスが冥界の支配者となり、ほとんど地下の冥界に閉じこもっていたためとされる。結果、ハデスはゼウス神の兄弟姉妹のなかで、唯一オリンポス山に住まいをもたなかった。
ハデスの物語で有名なエピソードが、ペルセポネに関わるものがある。ゼウスとデメテルの娘であるペルセポネは、並ぶ者がいないほど美しかった。そのため、母デメテルは、誘拐を恐れて人前に出せないほどだったという。しかし、ハデスの強い欲望までは計算できなかった。普通の女神たちは、内気で人付き合いが不器用なハデスとは、結婚したがらなかったため、ハデスには花嫁をさらってくるしか手がなかった。彼は、ゼウスと話をつけ、ゼウスの娘で不器用なペルセポネをもらうことにした。ある日、彼女が水仙を摘んでいるところをハデスは、地下から地面を割って現れると、戦車にペルセポネを乗せて地下の冥界に連れ去ったのである。
この冥界の王ハデスの物語を読んだとき、松岡一哲のことがふと頭によぎった。理由のひとつとして松岡の写真が現実世界を写し撮ったものではないような印象を受けたからだ。かといって、それは天国でもなく、地獄でもない。まさに冥界という言葉がふさわしいかもしれない。そう、松岡がカメラをもつ手は、冥界を司る手であり、大地を引き裂いてペルセポネを奪った手である。このような松岡の存在と、そこから生まれる写真は他のどのような写真家の写真ともその性格を異にする。ハデスのまたの名をギリシア語では「見えざる者」という。

*松岡一哲はオリンパスのコンパクトカメラを使って撮影している。それは、他のオリンポスの神々への牽制なのかもしれない。
『東京μ粒子』レビュー(2011年9月)より
田村友一郎|たむらゆういちろう
アーティスト。2018.5/25〜9/2 Signature Art Prize 2018(シンガポール国立博物館)、2018.7/21〜8/19「叫び声/Hell Scream」(京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA)、2018.9/11〜2019.1/27「The Fabric of Felicity」(モスクワ・GARAGE現代美術館)
http://www.damianoyurkiewich.com/