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マーマーなリレーエッセイ

#19 加藤祐里(郡上もりのこ鍼灸院・鍼灸師)

 

初夏にかけての養生法

 

みなさま、こんにちは。

第16回で「春にかけての養生法」について

お話させていただきました、

助産師&針灸師の加藤祐里です。

 

5月5日を過ぎると暦のうえでは夏です。

今回は「初夏の養生」がテーマです。

 

冷えとりをされているみなさんにとって

「絹」はとても身近な存在だと思います。

絹の原料となる5月から6月にかけて育てられる「春蚕」は

芽吹いてすぐの若い桑の葉を食べるので

とても上質な絹糸を採ることができます。

 

絹の原料である蚕は5000年ほど前に中国で飼われはじめました。

絹糸のたんぱく質は人間の皮膚の成分に近く、

傷の治癒を促したり、肌荒れの改善や

筋肉にたまった疲労物質を除去するので

心身の回復を促します。

 

「服薬」ということばは、

現代では「薬を飲む」という意味で使われていますが、

本来は「病気のときに、癒しやエネルギーを高める

効果のある衣をまとって自然治癒力を促したり、

からだの傷に薬草の汁を浸けた布をあてて、

皮膚を介して衣服で病気を治していた」

という意味で「服」という漢字が使われています。

 

 

人間は犬や猿と違い、進化の過程で「体毛」がなくなりました。

体温を保ち、外部の刺激から身を守り、危険を察知するなど

「毛」がない分、「衣服」によってその機能を補う必要があります。

人間にとって、衣服はもう一枚の皮膚であり

からだの一部であるとも言えます。

 

絹に限らず、木綿、麻、羊毛など

本物の天然の繊維を手にすると、

じわ〜と温かくなってきて、

布そのものが「生きている」と感じます。

 

わたしの治療院に通われている70代の患者さんで、

40代のころから、冬になると皮膚が乾燥して

かゆくて塗り薬が手放せない方がいました。

冷えとりをはじめて絹の下着を選ぶようにしたら、

なんと、まったく薬を塗らなくてよくなったそうです。

まわりの人からも「色白になって、肌がすべすべになった」

と褒められるようになったとか!

 

今は生まれたてのあかちゃんでも平熱が低い子がいっぱいいます。

たとえクーラーを使っていなくても、

「頭寒足熱」のバランスが崩れた状態が「冷え」ですから、

絹の腹巻を一枚着せてあげただけで便秘がよくなったり、

よく眠ってくれるようになったというケースもありました。

 

暑くなってくるとどうしても

「冷えとり」をすることが難しくなります。

一日中、クーラーの効いた部屋でパソコン業務、

冷たい飲食で胃腸も冷えている人などは

「からだの奥(内臓)が冷えて、熱が表に出てくる」

という状態になりやすいので、

足の裏がほてってきて、無意識に靴下を脱ぎたくなります。

 

まずは半身浴の時間を増やして、

その日にたまった余分な水分や一日の疲れを

しっかりと出すようにしましょう。

肌着、レギンスなどからだに一番密着する部分に

薄い絹製品を選ぶようにするだけでも、

汗をしっかり吸ってくれて、裸でいるよりも快適に過ごせます。

 

そもそも汗は体温が上がりすぎるのを防ぐためにかきます。

きちんと汗をかいて氣を発散することができれば、

逆に涼しく感じます。

 

東洋医学的には良い汗と、そうでない汗があります。

手のひらでおなかを触って、おなかのほうが

冷たく感じるような状態の時にかく汗は

実はあまり良い状態ではありません。

疲れやすく、胃腸が弱く、眠りも浅く、

のぼせやすい方が多いようです。

 

こういう方は、真夏の熱帯夜にクーラーなしで

無理に我慢して睡眠不足になって体力を消耗するより、

足元とおなかをきちんとあたためて、

快適に熟睡できる環境を優先したほうがいいようです。

 

実は、わたしは3年前から自宅で蚕を飼っています。

最初は息子たちに蚕を見せたくておそるおそるはじめたのですが、

なんとわたし自身がはまってしまって、今では糸車を使って

自分で育てた繭から糸をつくれるまでになりました。

 

この時期のわたしの頭のなかは

「桑の葉は足りるかな?」

「温度はちょうどいいかな?」

など、人間の息子たちのお世話以上に

蚕のことで頭がいっぱいになります。

 

不食の弁護士の秋山佳胤先生の

『いいかげん人生術』(エムエム・ブックス=刊)でも、

美智子妃殿下が蚕を飼っているエピソードが紹介されていましたね。

わたしは、カメムシをはじめ、ほかの虫は苦手ですが、

蚕だけはもうひとりの家族のように「癒し」を感じます。

 

養蚕をはじめ、糸を紡ぎ、染めて、織る「衣の仕事」のほとんどは、

長い長い人類の歴史のなかで

力の弱い女性や社会的に不利な立場の人でも

簡単な道具があれば自分でつくることができて、

自立できるように人々の暮らしを支えてくれました。

 

わたしにとって養蚕が一番の初夏の養生になりつつあります。

旬の決まった時期にしか食べられないものを食べたり、

地域の行事やお祭りをたのしんだり、

この日のために一年頑張ってきた甲斐がある。

そう思えるような「生きがい」も、「養生」になるのではないでしょうか。

 



加藤祐里

かとう・ゆり|愛知県出身。年間1,000件以上のお産のある総合病院にて、助産師として務めたのち、東洋医学を学びはじめる。鍼灸マッサージ専門学校卒業後、結婚、出産、FMT自然整体の勉強、ふたたびの助産師としての勤務を経て、2012年4月、「自然の豊かな場所で子育てをしたい」という思いから、岐阜県郡上八幡へ移住。移住と同時に、自宅にて「郡上もりのこ鍼灸院」を開く。地元を中心にした多くの人々の健康相談にのっている。

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