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マーマーなリレーエッセイ

#17 ヘレナ・ノーバーグ=ホッジ(言語学者)

 

farmers market

 

しあわせをつくるローカリゼーション

 

地球の裏側で加工され、輸送されてきたポテトチップスが、

自宅の近くの畑で売られているジャガイモより安いのはなぜか?

言語学者のヘレナ・ノーバーグ=ホッジさんは、

「ローカリゼーション」という考えで、この理由を説明します。

それは、「そのメーカーが政治家に働きかけることで

世界的な規制緩和や莫大な補助金を獲得し、

その結果、自社の商品を安くすることができたのだ」と。

つまり、不自然なまでに安い価格の商品には、

多額の税金が注ぎ込まれているのです。

 

ヘレナさんの主張を簡単にいうとこうなります。

「この世のすべてを売り買いできる“商品”としてしまう

仕組みが世界的規模にまで大きくなるにつれて、

一部の企業に経済的・政治的な力が集中し、

それ以外の大多数の人々がもっていた

自然や人間同士とのつながりが分断されてしまう(=グローバル化)。

これを避けるためには、まず、生産者、消費者、原料の距離を縮めること。

これによって、小さな規模で地域が自立し、

文化や社会や自然環境を自分たちの手に取り戻すことができる(=ローカル化)」。

 

このローカリゼーションの考え方については、

彼女の監督映画『幸せの経済学』や辻信一さんとの共著

『いよいよローカルの時代 ~ヘレナさんの「幸せの経済学」』(大月書店=刊)

のほか、ヘレナさんが代表を務める団体

Futures/ISEC(International Society for Ecology and Culture)

で詳しく述べられています。

 

また、2017年11月11日には、

これまで各国で開催されてきた国際カンファレンス

幸せの経済国際会議」が、日本で開催されるとのこと

(2017年11月11日(土)一ツ橋ホール、12日(日)明治学院大学白金校舎。

詳細はナマケモノ倶楽部まで)。

今回は、ローカリゼーションの現状を語ってくださいました

(この記事は、ご本人への取材をもとに構成しています)。

(岡澤浩太郎=取材・構成)

***

 

現在、ファーマーズマーケット、パーマカルチャーの活動、

あるいは、学校に食育農園をつくるエディブルスクールヤード*1や、

数億人の農民が参加する世界的な社会運動体「ビア・カンペシーナ」*2など、

さまざまな試みは世界的に見て明らかに、そして急速に活発化・拡大化しています。

 

しかし、いま必要なのは、教育や啓蒙を通して、

ものごとの「全体像(ビッグピクチャー*3)」を理解することです。

これによって、食糧問題だけでなく、自殺数の増加などの都市問題や、

気候変動や環境汚染といった問題、安全で民主的な社会づくりなど、

個別なものとして認識されているさまざまな運動を連帯させることができ、

現在支配的な仕組みに対する組織的・体系だった運動として

とらえることができるのです。

私はこれらを包括して、ローカリゼーションと呼んでいます。

 

もちろん、都市に住んでいるからといって、

こうしたことに対して何もできないということはありません。

たとえば、地元の小規模な事業や自営業者たちと

経済的な相互扶助関係を復活させたり、

都市部と農村部のつながりをつくったり。

つまり、巨大な企業や銀行から必要なものを得るのではなく、

自分たちの暮らしやコミュニティの中で関係性を築くことは、

都市でもできるのです。

 

ただ、そうしたローカルな取り組みと同時に、

政策レベルでの変革がどうしても必要です。

世界的に見れば、軍事産業や消費経済を支えるために動いているお金を、

安全な食料を得るための資金に、ほんの少しでも充てる必要があります。

 

たとえば日本では、東日本大震災や原発事故があってなお、

原発を推進する政策にお金が落ちていて、

除染作業や科学的な線量調査に充分な資金が回っていません。

資金が充てられれば、ほかにも、

放射能汚染のない場所から土や海藻を運んできて土や肥料にしたり、

人間の排泄物を正しく処理して有効な肥料として利用したり、

森林資源を活用しながら家畜の生産などとも組み合わせて

複合的な食料生産体制をつくったりすることだってできる。

 

ところが資金は、より破壊的な目的に使われているのが現状なのです。

そうした政府を野放しにするのではなく、

長期的な視点にもとづいた変化を起こすための動きを

していかなければなりません。

 

具体的に行動を起こすためのキーワードには、

Resist(抵抗する)、

Renew(新たに生み出す)、

Educate(教育の場をつくる)、

Connect(つながりをもつ)、

Celebrate(お祝いをする)、

の5つがあります。

 

もちろん、Resistはあらゆるグローバル化に対してであり、

Renewはローカル化を指します。

Educateは、先ほども申し上げた「全体像」の把握のためです。

中にはConnectやCelebrate、

つまり仲間とつながりを持つことに抵抗がある人がいるかもしれません。

ただ、現在では、気候変動や放射能汚染のように、

自給自足の生活をして自分だけがどこかに隠れてうまいことをやろうと思っても、

どこにも逃げられないことがたくさんあるのです。

西洋では経済的な仕組みがコミュニティや

家族とのつながりを破壊する方向に働いていますが、

さいわいにも日本には、そうしたものがまだ残っていると思います。

 

また欧米では「お金を稼ぐ」ことが「よいこと」として理想化され、

蔓延し、追求されてしまっています。

これに対して懐疑的になったりネガティブな印象を抱いたりすることは、

いいことではあると思います。

ただ、やはり全体像をとらえるべきです。

 

つまり、お金に対して単にネガティブになるのではなく、

税制やさまざまな規制が、

従来の環境や社会を壊す方向に向かっていることに目を向け、

これらに対してコミュニティレベルで小さな動きをするように

転換していくことを考えなければなりません。

コミュニティや土地に根差した活動を

支援する方向にお金が使われることで、

人が主体的にかかわれる規模まで

経済活動を縮小させることができれば、

むしろお金を使わなくてもやり取りできる

相互関係が成り立つ可能性が生まれます。

 

このように、ローカリゼーションとは、

商業的な仕組みや消費文化にのっとった仕組みを、

自分たちの手が届くところに引き戻し、

再生することにもつながるのです。

 

とはいえ、何からはじめていいかわからない人もいるかもしれませんね。

そんな時は、どんな時に「しあわせ」や「ふしあわせ」を感じるか、

誰かと対話することからはじめるといいのではないでしょうか。

自分にとってのしあわせとは何か、本心と向き合うこと。

あるいは、アメリカでは5歳の子どもが

「自分は美しくない」と言って整形手術を受けたとか、

犬でさえ鬱病の薬を飲んでいるとか、

そういう話も含めて、「では自分はどうなりたいか」

ということに、こころを開くのです。

そうして真摯に、正面から向き合うことで、

いままで耳を傾けなかった話を聞くことができる姿勢になれると思います(談)。

 

(2016年10月25日 明治学院大学白金校舎にて)

 

■注

*1 エディブルスクールヤード

校庭の使われていない一角を農場にし、

オーガニック農法で作物を育て、

収穫した食材を料理してみんなで一緒に食べることを通して、

持続可能な社会や自然との結びつきを学ぶ食育を行うプロジェクト。

1995年、アメリカのバークレーの有名レストラン

「シェ・パニーズ」のオーナー、アリス・ウォータース氏が発案し、

日本では東京・多摩地区の公立学校ではじまったほか、

世界規模で拡大している。

日本の窓口は「エディブル・スクールヤード・ジャパン」。

 

farmers market

 

*2 ビア・カンペシーナ

1992年に設立された、中小農業者・農業従事者組織の国際組織。

本部はジャカルタ。

世界69か国、148の農業組織、2~3億人の構成員によって構成されている。

現在支配的な農業のビジネスモデルに反対し、

自分の土地で食料を生産する「食料主権」を掲げ、

小規模の農民組織の連帯と協力を発展させながら、

土地・水・種子およびその他の天然資源の保全や、

持続可能な農業生産などのために、さまざまな活動を行っている。

 

via campecina

 

*3 ビッグピクチャー

本記事の冒頭に挙げたような事柄を、

歴史・経済・法律・政治・文化など、さまざまな面からとらえること。

例えば、第三世界の一部の農場では、

企業などへの借金や負債によって労働を強いられ、

またメディアが小規模農業やローカルな食べ物に

ネガティブなイメージを反復することで、

人々は農村を離れ、都市部のスラム街で暮らしながら

工場で低賃金労働を強いられる。

一方、化石燃料への依存度が増し、

自然林を伐採してつくられた大規模農場で

極端な単一栽培が行われることで、一部の企業だけが潤っていく。



ヘレナ・ノーバーグ=ホッジ

スウェーデン生まれ。ISEC(International Society for Ecology and Culture)創設者、代表。1975年、言語学者としてインドのラダック地方を訪れて以来、ラダックの暮らしに魅了され、失われつつある文化や環境を保全するプロジェクトを開始。この活動によって、もうひとつのノーベル賞として知られる、持続可能で公正な地球社会実現のために斬新で重要な貢献をした人々に与えられる「ライト・ライブリフッド賞」を1986年に受賞。著書に、日本語を含む40の言語に翻訳された『ラダック 懐かしい未来(Ancient Futures)』。またドキュメンタリー映画『幸せの経済学』を監督。