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マーマーなリレーエッセイ

#3 才田春光(ピールアーティスト、排経講師)

過去が未来になるとき

 

「書き上げた小説は、殺したライオンに似ている」

この言葉に深くうなずいた頃
私はハンターだった。

済んだこと、終わったことは死んだことと同じ。
そう言いきかせて
振り変える時間を惜しんだ20代。

標的を定め
どうしたら獲得できるかを考え行動する。
狩りに熱中することで、「生きている」を実感した。

好奇心が私のリーダーだった。

 

自宅前の
犀川の流れに逆らって遡上するサケたち
川から海へと旅し
今、ふたたび故郷の川に還って来る。

目的は、次の命へのリレー
命がけの産卵だ。
私もまた、生まれ故郷で感慨深いリレーをした。

命を繋ぐその時
生まれしところに我々を呼び戻すもの
それはいったい何なんだろう。

サケの婚姻色に自分の30代を重ねた。

 

生家の庭にたたずむ土蔵。
夏でもひんやり、そして静かな時空間。
タイムスリップするには最適の場所だ。

思い出深いのは
当時の私より背の高い箪笥。
引き出しを一杯かかえて、土蔵の二階に鎮座していた。

微笑むような取っ手に触れると
揺れて金っぽい音がした。
何だか引いてはイケないような気がして眺めるままだった。

幾度か入るうちに
箪笥がいいよといったような気がした。

和紙に包まれた何枚もの着物
刺繍を施した布・・
樟脳まじりの不思議な香りを伴い現れた品々。

小引き出しには髪飾りらしき品
何に使うのか不明なもの
どれも初めて目にするものばかりだった。

でも、これらは母のものではない。

祖母の?
それとも、私の知らない誰かのもの?
遠すぎて追いつけない時間を感じた。

鍵が掛ったままの引き出しもある。
いったい何が入っているのだろう。

私のこれまでの体験も

この、しまい込まれたままの箪笥のようだ。

当人でさえ
いつ、何を、どこに入れたかを覚えていない。
それなのに
忠実な執事のようにあの時々を保存しているのだ。

箪笥からクローゼットに変わっても
その役目は変わらない。

 

過去にまったく興味がなかった私に転機がやってきた。
マーマースクールの春光塾だ。

しまいっぱなしだった、生い立ちからのあれこれ。

ためらいながら
引き出しを開けると・・

・・出るわ・出るわ・・

過去を振り返ること
それは、思いがけず新鮮な時間になった。
自分には終わったことでも、これから必要な人がいる。

かつて
歩いたり、走ったり、這ったり、よじ登ったりした道を
今まさに行かんとする後輩たちがいるのだ。

ところどころ一緒に歩いてみよう。
共に歩くことでしか伝えられないことがある。

そうだ!

「みんなのお婆ちゃん」になろう!!

死んでからでは遅すぎる。
生きている間の形見分けだ。

 

今、私はハンターでもサケでもない。
誰かが開けるのを待っているクローゼットだ。

 

クローゼットは玉手箱

取っ手を引くと

「私の過去が誰かの未来になる」



才田春光

さいだ しゅんこう|ピールアーティスト、排経(月経血コントロール)講師。
ピール(果実皮)を主な素材として、器やランタンなどを制作。
ピールアートとともに、「女性のココロとカラダを考える講座」を全国で展開中。マーマースクールでも、月経血コントロールの講座や「春光塾」という講座を受けもち、女性の生きかたの知恵を伝えている。著書に『排経美人のすすめ 自分にやさしく地球にやさしい 月経血コントロール』(シルクふぁみりぃ=刊)など。活動について詳しくはfacebookや「才田春光のブログ」をご覧下さい