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今日の編集部

砂浴|おしらせ|3と4 ほか

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「からだに聞こう

 

 

何が合うかは人それぞれ。

自分に合うものは自分に聞くのが一番です。

頭の中の知識で判断しようとせず、からだに聞く癖をつけます」

 

 

『日めくりッ コンシャスプランカレンダー2016』7/8のカレンダーより

 

 

 

 

 

 

にん!

 

 

みなさん、こんにちは!

7月ももう8日。

13の月の暦では、最後の13か月め、「宇宙の月」の12日です。気分は年末だい!

(7月24日で終了で、25日が時間をはずした日、26日から、

またあらたしい13の月の暦がはじまります!)

 

 

先週末、わたしは、かねてから念願だった

「砂浴」を体験してきました。

 

もともとは、東城百合子先生のご本(自然療法)で知って、

いつかやってみたいなあと夢想していたのですけれど、

(あと、体内に溜まっているといわれた静電気を解放したい気持ちもあって)

でも、なかなか自分ではネ、できなくて、

(海へいったら、素足を砂に埋める、くらいはしてましたが。アースですね、アース)

とうとう、そのチャンスが巡って来たのです!!!

 

いやーーーーー。

砂浴、すばらしかったです。

想像以上でした。

ただ砂に埋まって寝ているだけなのですが、

これがねー、なんかねー、自然と一体になるという、意外にも壮大な体験でした。

 

砂と一体になるワシ。

眼前には太平洋の地平線。

耳からは鳥の声と波の音。

誰もいない海岸。

青い空、白い雲。

海と後ろ側の山からそよふく風。

 

 

……

 

 

 

……

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

生〜きててヨカッタ〜〜〜!!!!!!(織田裕二さんのモノマネをする山本高広さんの声で)

 

 

 

ってなりましたよ。

 

 

 

 

1日めは、本当に自分が自然と一体になったときに、

またその事実を思い出したときに、

すばらしいことが起こるのかもしれない、と、からだごとで感じました。

(この日は、2時間半くらい入りました)

 

2日めは、なにか大らかな自然に抱かれる幸福感を

たっぷり味わいました。

(この日は、8時間くらい入りました)

 

3日めは、、この日は高温で、1時間半くらいで

すぐに出てしまったのですが、

 

いやいや、たいへん、至極、すばらしかったです。

 

だって、ただ、砂に埋まるだけ、なんです。

 

でも、からだが、こう、思い出すんですかねー、自然の状態を。

それが、あんなに心地よいものだとは。

 

ウイグルをはじめ、インド、ハワイ、フランスやドイツでは、

さかんに砂療法が行われている(いた)そうです。けっこう一般的なことなのだとか。

かのミッテラン大統領も、砂にうまって、癌の治療に役立てたのだそうです(有名な話だそうです)。

特にウイグルでは、専門の研究機関も大学レベルであって、

埋砂療法として、ポピュラーなんだそう。

山口でも、「フグにあたったら、砂に埋まれ」といわれているらしいです。

 

うちのスタッフのMちゃんのおかあさまは、

ある代替療法のセラピストさんですが、

やはり1年に1度、砂に埋まりにいくらしいです。

 

そうそう、砂浴とともに、プチ断食もしてましたので、

ンモー、からだスッキリ! こころもスッキリ!

お肌すべすべちゃん! なんであります〜。

 

とにもかくにも出すのって本当に気持ちがいいですね。

汗、氣、お小水、大便、咳、おなら、かゆみ、もうなんでも出しちゃう!

いいたいこともいう! 時には涙もゲップも症状もみんな出す!

そうして溜まっていたものを出してしまうと、スッキリ!

からだは自動的に自然な作動をはじめるようです。

 

食事もやや食べ過ぎになっていたのですが、

プチ断食して、うまくリセットできました。

はあ〜大感謝! 海と砂に!

砂浴を開催してくださったみなさまに、先生に、

そして砂浴をおもいついてくださったかたに! 大感謝です。

 

それにしても、はじめて埋まった人って……

どうして砂に埋まろうっておもったのか……。

でも、海へ行くと、こどものころ、埋めてましたよね。自分とか友だちとか。

ああいうのって、からだが、ついそうさせるのかもしれません。

 

あと、ぜんぜん関係ないことですが、「はじめてシリーズ」でいうと、

いつも思うことなのですが、

「揚げ物」という調理法を

どうやって思いついたんだろう、と思っています。

まとまった時間ができたら、「揚げ物」について大々的に研究したいと思っているのですが、

(その結果、「世界の揚げ物」という本を編集できたらと思っています!)

いったいどうして、あんな大量の油の中に、食べものをおとそうと思ったのか……。

いやー、最初に何かやった人ってすごいですよね。どんなことでも。

 

 

さて!

今日はおしらせたくさんです。

 

その1

今日から、エムエム・ブックス服部福太郎が、

熊本入りしております。

今日は南阿蘇にて、マーマーな農家サイト掲載の農家さんたちとお会いして

お話をうかがってまいります。

微力ではありますが、なにか、お力になれることがあればと思っています。

お話を聞くだけ、が、精一杯かもしれませんが!

今、福太郎が、南阿蘇に向かっている最中(そろそろ到着するころ)です!

貴重なお話、シェアさせてくださいませ!

 

さらに、7月9日(土)、10(日)は

熊本市内にあります、長崎次郎書店、長崎書店にて、

リアルショップを開催させていただきます。

 

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今回、熊本をはじめ九州地方のみなさまに、

プレゼントをもってうかがっています。

これらのプレゼントは、エムエム・ブックスの商品や、わたしの私物(天然繊維のお洋服など)のほか、

 

正活絹さん、

金伴繊維さん、

パノコトレーディングさん、

天と地のあいだ研究所(ワンプランター)さん、

チームオースリー(メイド・イン・アース)さん、

ラレシーブオーバンブーさん

 

 

から、たくさん、すばらしい品々を提供していただきました!

(みなさま、本当に、熱いご協力ありがとうございました!!)

 

冷えとりグッズもたくさんです。

どうぞみなさん、全部あたりくじ(!)というくじを引いて、

天然繊維のグッズたちを

受け取ってやってくださいませね〜♪

 

くわしくはこちらをどうぞ!

 

 

その2

 

明日から!

東京ではやまだともみが、谷中にありますひるねこBOOKSさんで

リアルショップを行わせていただきます。

茶話会は、ごめんなさい、満員御礼なのですが、

ショップで並ぶグッズはどなたでも見ていただけます。

 

冷えとりのご質問などもうけつけられますので、

ぜひ、お買い物なさらないかたでも、

お気軽にあそびにいらしてくださいませ〜♪

 

ちなみに、やまだともみは、

ときどき、「華原朋美」の発音で「やまだともみ」と呼ばれるのですが(「や」にアクセント)

41世紀の倉橋孝明君命名!←ドッチ見つけた!)

ともちゃんのものまねがすごく上手です!

 

 

くわしくはこちらをどうぞ!

 

 

 

その3

 

本日7月8日(金)、『あたらしい自分になる本 増補版』(ちくま文庫)が発売となります!

『あたらしい自分になる本』(アスペクト)が発売されたのは、

2011年のこと。

その後に、東日本大震災があったのです。

「あれから5年たって」など、

あたらしい原稿も入っています!

辛酸なめ子さんによる、解説も! 豪華!

 

わたしも今回、ゲラであらためて読み返しましたが、

自分にもヒントがありました(!)。

書いてしまうと忘れてしまうこともたくさんですね〜。

 

ぜひぜひ、おてにとってごらんくださいませ。

 

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元の本を踏襲した、あたらしい表紙のデザインも気に入っています。

装丁は、中島基文さん、イラストは、平松モモコさんです!

 

mmbsでもお買い求めいただけます〜♪

 

 

おまけ☆

 

 

そうそう、最近読んだ記事のなかで

この記事がおもしろかったです!

 

川合優さん(木工作家)による

「木と人」

(COSMIC WONDER Free Press)

「3」と「4」のお話……

うーん、興味深い!!!

「3」と「4」で、なにかが完成する、もしくは

あるひとつの神性の表現なのかしらと思ったりしています。

う〜ん、いい原稿!!

 

 

 

さ、て、と!

今週末は、いよいよ選挙ですね。

わたしはもう期日前投票行って来たのですが、

この期日前投票じたいに、いろいろ噂もあって、

投票所へ行ったら、本当に頭痛がはじまってしまいました。からだは正直。

(噂がある程度真実だとしたら、一体なにのための選挙なのか……)

 

世の中がどうにもこうにも、よくわからんちんになってきていて、

考えはじめると頭がぼうっとなってしまうくらい、

「いったいいつからどうしてこうなってしまったのか」と

ただただその科白をいうのがやっと、という感じになってしまっています。

 

さかのぼれば、

第二次世界大戦、

さらにさかのぼれば

第一次世界大戦、

日清日露戦争、

さらには、

明治維新からはじまっていた流れなのか……と、

遠い目をしています。

 

なんだかたくさんの人と

同じような思いを共有していたと思っていたけれど

(平和を願う根幹の気持ちは同じだと思いますが)

なんだか、ものの見方がパラレルワールド化しすぎていて、

もっというと、

それぞれの「自分自身」の周波数から「見る世界」がまったく違ってしまっていて、

共通言語がどんどんなくなっている。

一方で、

もう共通言語を見いださなくとも、

ただただ、こころが通じ合うというような、ちょっとテレパシー的な、

シンクロ的な一体感を味合うような場面もたくさんになっていて、

時代がどんどん変わってきているのを

強く強く感じているのですが……。

 

 

先ほども、ベルギーなどにしばらく住んでいた方と話してて、

東日本大震災のときの報道が、

ヨーロッパと日本では雲泥の差があって、

「事実は何か?」と疑う癖がついてしまった、とおっしゃってましたが、

わたしも、本当に、そうです。

 

どこを見るかで、情報がまったく違う。

テレビや新聞で報道されていることと

インターネットの中で伝わってくる内容とが

あからさまに違う。

 

(東日本大震災のとき、わたしも海外のニュースを観るようにしていました)

 

今、不食の弁護士、秋山佳胤さんの本を制作中なのですが

(この夏にはお届けできそうです!!すばらしいエッセイ集です!!)

先生が「真に受けない」ということをおっしゃっていて、

本当にそうだな、と思う。

もちろん、自分自身も含めて、ですが、みなさん、真に受け過ぎ、なんですよね。

 

でも、自分自身のからだやこころが整って、

本来の自分自身に戻っていったときに、

自分にとって本当に必要な情報や真実は

ちゃんとわかるようになっていくと思っています。

 

誰かがいうからそうだ、とか、

ニュースでいっているからこうだ、とか、

エラい誰かがいっているからそうだ、とか、

服部みれいさんがいっているから本当だ、とかでは決してなく(本当に)、

自分自身の声を聞いて、

自分自身を信じて、選択する時代に突入しつつあるんだと思います。

 

それには、

基本的なリテラシーももちろん必要ですし、

ある程度の情報の量も必要だと思いますが、

何より自分自身が、ここちいい状態にあること、

幸福であること、それが、本当に大切だと思っています。

本来の自分から、ものを観る、というか。

「からだ」からものを観る、というか。

人間のからだって「頭」より優秀なんだと思います。

 

 

自分自身の周波数から、ものを見ている、んだと思います。

自分が見ている世界が「世界」なんです(「世界」と認識するというか)。

だとしたら、

自分自身の内面が変わるほかないですよね。

 

誰かにいっていることは、

本当に自分自身にいっていることだと思う。

誰かを責めているということは、

自分を責めているということなんですよね、究極は。

誰かを非難する人は、

つまるところ、自分自身を非難しているんだと思います。

 

どんどん人が人に厳しくなっているのは、

自分が自分に厳しくなっている証拠なのかも。

 

すべては鏡なのだと思います。

 

だとすれば、だとすればですが、

ただただ、自分自身の内面を浄化するというか、

うつくしくしていくしかないなと思います。

自分に甘く、人にも甘く。

すごい好機、ですね。

 

クリーニングを続けます!

 

 

繰り返しになりますが、

ずっとわたしは、

「マーマーマガジンを信じるな、自分を信じろ」と

The Clashのことばをお借りして、お伝えしてきたのですが、

(あ、ジョー・ストラマーのことばだったかも……。

ジョー・ストラマーは、学生のときライブを観ているんです。

幕張かどこかで! ギターがめちゃめちゃぼろぼろですごかった)

いよいよ、本当に、

そういうことに立ち返らされる時代になってきたんだなと思っています。

 

自分自身に還っていくこと、

自分自身の内側に、つよいパワーを感じること、

これが、本当に、自由への道だと思います。

本来の自分は、どうしたらいいか、ちゃんとわかるものなのだと思う。

自由への道は、平和への道です。

まだまだ恐怖心から考えたり、行動する癖がどうしても残ってしまっていますが、

でもそれも幻想ですよね。

 

何が正しいかではなくて

何がたのしいか

何が正義かではなくて

何がここちよいのか、

そういったことがあたらしい時代には、大切になってくるのかなと思います。

 

 

今は、そういう時くる前の、何か、過渡期みたいな感じなのカナー。

 

 

誰もが自分のことを過不足なく好きだなーと思える、

そういう世界だといいなあなんて、つい思ってしまいますが、

これも「記憶」ですね。

無(ゼロ)にかえること以外、やることはないですね。

 

 

 

 

ポノりまする。

 

 

 

 

では、どうぞどうぞ、よい週末をお過ごしください。

 

 

 

服部みれい、ど、えした!

 

 

 

チャオ!